帰りがけ、佐々木に挨拶しようとちょっと水屋を覗いた良太は、一瞬信じられないものを見て、もう一度振り返る。
「え?」
大きなガタイの男が、着物の女性と笑いながら話をしていた気がした。
あんのやろう、ショーは四日だろうが、こんなとこで一体何やって……
その時良太ははたと思い出した。
年末に沢村のことを心配して電話を入れた時だ、確か佐々木さんの家で大掃除をしているとか言っていた。
おいおい、まるで佐々木さんのストーカーじゃないかよ? 大丈夫か?
そんなことも含めて、明日パワスポが終わったら全部吐かせてやるからな!
良太は何気に腕時計に目をやって、既に二時を回ろうとしているのに気づいて、「やば、行かないと!」と独り言ちて会場を後にした。
三日の昼過ぎには、プロデューサーとして名を連ねているスポーツ情報番組『パワスポ』の特番のために、良太はまだ慣れない自分の部屋のドアを閉めてテレビ局へと向かった。
「シャチョー、また海外?」
「アテネからミコノス島とかロドス島とかも行くらしい」
とりあえず新年の挨拶をかわすと、沢村は空いた良太のぐい飲みに徳利を傾ける。
「そんでひとりは淋しいと俺の誘いを受けた、と」
「うるさいよ、沢村」
『パワスポ』出演のあと、良太は今夜のゲストである三冠王、沢村智弘と二人でテレビ局近くの居酒屋にいた。
「でもいいのか? 佐々木さんは」
一緒に飲みに行くという条件で、番組の「トップアスリートに聞く」コーナーの新春特別企画、「銀盤の妖精と三冠王の新春対談」出演を沢村が承諾したのは、確かまだ佐々木と付き合っているとか思いもよらなかった頃だったはずだ。
「いんだよ、どうせ明日会うし、あの人もずっと働かされっぱなしで、今夜くらいゆっくり眠ってもらわないと」
「うわ、お前のセリフとは思えないぞ」
「うっせーよ!」
こいつが誰かを労わろうとか、やっぱ信じられない。
良太はあらためてここまで沢村を真剣にさせた佐々木の凄さを思い知らされた。
関西タイガースの四番打者である沢村がマスコミ嫌い、無愛想というのは知られている。
生意気だ、態度がでかい、などの悪評をものともしない沢村は、気が向かなければ返事をすればいいほうだ。
実力があればこそだが、その甘いマスクに加え普段の冷静でクレバーな表情とは裏腹な豪快なバッティングで高校から大学時代まで大いに騒がれ、球界では女性ファンの数は群を抜いている。
「あの人は俺のことまだ完全に認めたわけじゃないかもしれないが、俺はもう絶対、離れるつもりはない」
沢村の言葉は心に染みた。
「それはわかったけど、あんまりあからさまにして、世の中に知られない方がいいぞ。いくら最近多少は寛容になったみたいだからといって、世の中そんな甘くない。佐々木さんに迷惑かけないようにしろよ」
「……んなこた、わかってるよ!」
沢村はむっとした顔で言った。
「それと、俺がお前らのこと知ってるって、佐々木さんには黙ってた方がいい」
「何でだよ」
怪訝そうに聞き返す沢村に、良太は言った。
「俺は佐々木さんの仕事に関わることがあるし、俺が知ってるってわかったら、佐々木さんもやりにくかったりするかもしれないだろ」
沢村はそれに対して納得いかないながらも頷いた。
back next top Novels
にほんブログ村
いつもありがとうございます
