「まあ、お前と顔見知りじゃなかったら、俺なんかプロデューサーですなんてどの面下げてって、大山の言った通りなんだけどさ!」
いつものことだが、シナリオライター大山の嫌味を思い出して、勢い良太はぐい飲みを呷る。
「沢村サマサマ、ってとこ?」
「やっかむより、やっかまれる方がいいだろ」
沢村は笑う。
「知り合いじゃなけりゃ、お前、俺なんか鼻にも引っ掛けなかっただろ」
「なーにいじけてんだよ! 良太ちゃん、知り合いじゃなくても、お前ならいつでもOKだって!」
一回りも大きな沢村にスポッと抱き込まれて、「こら! ぐるじいって」と良太は焦って沢村の腕を逃れる。
「でも、上原由衣ちゃん、可愛かったな~。あんな可愛い子にファンですなんて言われて嬉しくないわけないよな?」
K大一年生の上原由衣は、日本のフィギュアスケート界を牽引するアスリートの一人だ。
ジャンプなどの技術も世界トップクラスだが、表現力の豊かさにも定評がある。
しかも可愛い。
「何だよ、お前、ああいうのが好み?」
ぐいと沢村は顔を寄せる。
「そりゃ、誰だっていいなって思うだろ」
「オヤジよりはな」
腕を肩に回してからかう沢村を良太はまた、うるさい、と振り払い、手酌で酒を注ぐ。
良太が好きな相手が工藤だと知っている沢村は、折に触れて良太を揶揄するのだが、こうして気さくに酒を酌み交わすようになってみて、野球をやってきてよかったと思う。
今は仕事で手一杯だが、またいつか肇やなんかと好きな野球ができたらいい。
そんなことを思いつつ、その夜良太は沢村と楽しい酒を酌み交わした。
「あ、良太、ひとつ、どや?」
ある寒い日の夕方近くのことだった。
最近では珍しく、ギリシアから戻った工藤を良太が空港まで迎えに行き、二人でオフィスに戻ったところへ現れたのは、小林千雪である。
小林千雪といえば、売れっ子のミステリー作家として有名で、黒渕眼鏡とその冴えないダサダサのいでたちで知られている。
ところがその実、本人は稀有な美貌の持ち主だと知るものは少ない。
何でも昔、男に襲われそうになったという過去のトラウマから、メガネなどでカムフラージュするうちにそのイメージが一人歩きするようになったのだとは、本人の話によるのだが。
青山プロダクションではこれまでも彼の原作をいくつか映画化し、ドラマ制作にも携わってきたために、たまたま社員や関係者は彼の素顔を知るところとなっている。
「千雪さん、スーパーのお菓子じゃあるまいし……」
良太は千雪がコートのポケットから取り出したものがテーブルの上でもごもご動き、時々シャーとか威嚇して見せるのをちょいちょいとつついてみる。
「かわいすぎ~」
たまたまそこに居合わせたアスカは千雪の持ってきた二つのうち、一つを掌の上に乗せて、「あたし、この子もらうわ」と言った。
青山プロダクションの看板俳優の一人中川アスカは、千雪原作のドラマに出る以前に千雪とは知り合いだったため、彼の作品を工藤が扱っているという理由だけで、このプロダクションに入ってきたある意味変わり種である。
勝気で我侭な女優として知られるが、実力は着実に積み上げつつある。
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