「仕事が入らなければそのまま休暇でいいか」
「ええ? それじゃ意味ないじゃないですか。休暇の時は携帯切っておくとか。坂口さんみたいな人がのべつ幕なしにかけてこないとも限らないし」
工藤はフン、とせせら笑い、「坂口なら俺がつながらなければお前にかけてくるぞ」と脅す。
「俺も切っておきます」
美味しい朝食を食べ終えてお茶を飲んでいると、良太の携帯が鳴った。
まるで二人の会話が聞こえたかのように、坂口からだった。
良太は席を立って少し離れたところで電話を受けた。
「はい、はい、わかりました。え? 今ですか? 出張中です」
テーブルに戻った良太は、はあ、とついため息を吐く。
「もう、『コリドー通り』パートツー、ガンガン進めてるみたいですよ? 坂口さん。追加でキャスティング頼まれました」
「宇都宮には早速スケジュール押さえさせたらしいぞ」
「ええ? 小笠原も一応声掛けたら、優先してくれていいとかって言ってましたけど」
つまりはもう決定事項なわけだ、と良太は一つため息を吐く。
「いつものバーって、やっぱ前と同じがいいんですよね」
ドラマ内で、宇都宮演ずる医師椎名と小笠原演ずる小椋刑事がいつも通っているという設定のバー『CAT』は、虎ノ門にある近年急成長した不動産会社ランドエージェントコーポレーションCEOの直轄するバーだが、そのCEO海老原がかなりな曲者で、良太は苦手にしていた。
「フン、海老原のひとりやふたりあしらえないでこの業界わたっていけると思うのか?」
撮影期間中、バーに現れて良太にちょっかいかけてきたりした海老原は、今、小笠原が付き合っているモデルで俳優の美亜の兄でもある。
「苦手なものは苦手なんです。モリーはピエロが苦手だって言ってました。子供の頃に怖い目にあったって」
「お前が総司令官なんだから、毅然としてればいいんだ」
「いつ俺が総司令官になったんです?」
工藤の発言に、聞き捨てならないと良太は思わず振り返った。
「坂口さんはとっくにそのつもりだぞ」
良太は首を横に振る。
「あんたと坂口さんが共謀して勝手にそう仕立て上げたに決まってる」
良太は斜に工藤を睨みつけた。
続けて文句を言おうと思ったところで、チャイムが鳴った。
「お迎えにあがりました。あ、ゆっくりでいいですよ。ちょっと早く着いちゃったんで」
公一は綾小路の山小屋に案内してくれる予定になっていたが、こんなに早く来るとは思わなかった良太は、もう少し工藤と二人でいられると思っていたので、少しばかり残念な気がしたが、仕事だから仕方がない。
「そうだ、クリーニング出すものあったら超特急でやってもらうんで、出しといてください」
「はい、お願いします」
工藤と良太が身支度を済ませるまでコーヒーを飲んで待っていた公一に案内されて、 二人は山小屋に着いた。
「山小屋って、大邸宅の間違いじゃないですか」
良太は声を上げた。
軽井沢にある別荘とは無論比較にはならないが、古い大きな邸宅だ。
確かに推理小説に出てきそうな洋風の邸宅で、千雪が目をつけるだけのことはあると良太は見上げた。
工藤の別荘より古そうで、石の臭いがした。
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