好きだから115

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「それな、俺も、手ぇ握った時は女神や思てん。したら男やて、もうあない麗しい人が男とか信じられへんかってん、はああ。ほんまにもう、夢では何度も出ててくれはったんやけど、リアルな佐々木さんに会いとうて会いとうて」
 ここのところ溜息をつく回数が異様に増えている気がする良太は、八木沼が大きくため息をつくと、次の言葉がもう出てこないような気がした。
 ええと、何、佐々木さんは、スラッガーの前に姿を見せたらダメとか?
 何かわけのわからないことを良太は心の中で呟いた。
「すみません、個人情報なので。また仕事のスケジュールが決まったら、会えるんじゃないですか?」
 ようやく淡々と常識的な言葉を探して八木沼を見た。
「ちょお、けち臭いこと言わんと頼むわ。昨夜、絶対今度こそ、麗しの彼女、やのうて、麗しの彼氏を紹介したる、て、球団の仲間の前でタンカ切ってきたんや」
「はああああ? 彼氏って………」
 球団の仲間? こいつって、何者?
 良太は呆れるを通り越して、この大胆だかバカなんだかわからないこの男を見つめた。
「春に、ファンの可愛い女子大生に告った時は、見事にごめんなさいされてしもて、やから、みんなも応援してくれるいうて」
 その時、八木沼はペシッと頭をはたかれて、「てっ! 何すんね!」と振り返った。
「能天気なお仲間の前で、お前、佐々木さんの名前、出したんじゃないだろうな?」
 タオルを首にかけてバットを持ったまま、凄味のある声で沢村は八木沼を睨みつけた。
「な、何やね、怖い顔してからに。な…名前とかは言うてないわ」
「ほう? ぼんくら頭でもそのくらいの気遣いはできたのか」
「そういう人をこき下ろすいう態度やから友達できひんの違う?」
「事実を言ったまでだ」
 唇をつんととがらせ眉を顰めて、八木沼は沢村を上目遣いに見やる。
 八木沼に対して佐々木のことを何も言わない沢村の心を良太は慮った。
「あっと、今日は割と調子よさそうじゃん」
 良太は恐る恐る二人の間に割って入る。
「軽くやったってこの程度はあたりまえだろう。地の底はまだ遠いな」
 一体どうなっちゃってんだよ、な展開についてはこの際触らないようにして、また捻くれたことを言う、苦虫を噛んでますという顔の沢村に、良太は続けて尋ねた。
「えっと、正月特番四日のことなんだけど、八木沼さんらの後に、二冠の沢村とホームラン王のスワローズ山本との対談ってことで大丈夫か?」
「安心しろ。対談でいきなりシーズン終了後には引退とか言わねぇし」
「っ! 沢村っ!」
 またぞろ焦らせるようなセリフに気が気ではない良太が何か言おうとした時、沢村のバッグの中で携帯が鳴った。
 沢村はかったるそうにバッグの中から携帯を取り出した。
「はい。何だよ。トレーニング中だ。ああ?」
 電話に出た沢村の顔は次第にまた不機嫌そうに変わる。
「ああ、わかったよ。また連絡する」
 渋面を崩さぬまま携帯をバッグに入れる沢村に、「えらくぞんざいな対応だな」と、良太はつい口にする。
「母親。マスコミにくだらないことを言われっぱなしだから、やたら電話とかしてきやがって」
「心配してるんだろ」
「今更、ずっと放りっぱなしだった息子のことなんか構ってねぇで、自分のことだけ考えてりゃいいんだ」
 ぞんざいな対応でも、沢村なりに母親とは関係を絶ったりするつもりはないようだ。

 


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