好きだから120

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 直子はここのところの状況を話せる範囲で話し、クライアントの策略で思ってもみなかったやり直しをあり得ない期間でやったのだが、とにかく佐々木は睡眠時間も削り、食事も口に持っていって食べさせなければならなかったことを説明した。
「代理店、どこだ?」
「プラグイン」
「河崎か。あの男はキレ者なのは確かだが、あちこちで敵を作ってるからな。とばっちりをくらったか」
 春日は強面に渋面を作る。
「佐々木ちゃんもクオリティ下げたくないってとことんやっちゃうから」
 仕事のことだけじゃないんだけどね。
 心の中で直子は呟いた。
「ところで佐々木、あいつ、最近、顔を見せないし、スタッフの件確保できたって連絡があった時、久しぶりに飲むかって言ったんだが、言葉を濁しやがるし。新しい相手とか、いないのか? まあ、そんだけ忙しけりゃ、そんな暇ないか。あいつのオフクロさんともとんとご無沙汰だが、周平にええご縁がありますように、って、耳タコだ」
 春日は新しい梅昆布を咥え直して笑った。
「あたし、佐々木ちゃんとの付き合いは、佐々木ちゃんの前の奥さんよりもう長いし、佐々木ちゃんのこと、一番わかってるつもりなんです」
「お、おう」
 急にまた直子に何を言われるのかと、春日は身構えた。
「でも、佐々木ちゃんは前の奥さんの友香さんのこと、嫌いで別れたわけじゃない、逆に友香さんのことを思って別れてあげたんでしょ?」
「……まあ、な」
「でも、私、わからない。どうしてあんなに優しい佐々木ちゃんと、自分が絵が描けないとかっていう理由で別れたりできるのか。そりゃ、あの佐々木ちゃんだから、言い寄る人なんか色々いるかもしれない、誰かに取られたらって疑心暗鬼になっちゃったってのはわからないではないけど。だからって、佐々木ちゃんを傷つけていいってことにはならないよ」
 憤懣やるかたないという直子の思いは、春日にも伝わった。
「……まあ、な。あいつら、佐々木と友香ちゃん、付き合い始めた頃はそらもう仲良くて、ベッタベタってんじゃなくて、みんなが認める可愛いカップルでさ。順調に結婚して、まさか別れるとか、誰も思っちゃいなかった」
 春日は昔のことを思い出したのか、ちょっと笑みを浮かべた。
「オフィスの奥の部屋に飾ってある絵、わかる?」
「もちろん、あたしあの絵好きなんだ。じわってくる感じ、あれ、佐々木ちゃん、自分の家の周りを描いたやつでしょ? 何でオフィスの方にもってこないのかなって、いつも思うんだけど、佐々木ちゃん、あれは奥でええ、って言うの」
「あれな、友香ちゃんがスランプな頃、佐々木が一緒に描こうって二人でスケッチして描いたやつなんだ」
 十五号の油彩は佐々木が前に描いたものだということしか、直子は聞いていなかった。
「友香ちゃんに言われて見せてもらった時は正直、驚いた。今まで見たことがない切り口、マチエール、動きの斬新さと温かい色が妙にノスタルジックで引き寄せられるものがあった。佐々木が天才だとは院の教授陣も事あるごとに口にしてたし、俺もあいつの造るものにはよくハッとさせられるが、あの絵は如実にヤツの天才性が窺えるものだった。こっそり知り合いの油彩の教授に見せたことがあって、あんな小さな絵でさえ、教授を唸らせた」

 


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