「ちゃんと休むんだよ? オフィスで寝ちゃったりしちゃだめだからね? わかった?」
「肝に銘じます」
直子にはそう宣言したものの、八時には終わると言っていた仕事は、気に入らないところを何度も直したりしているうち、九時を回ってもまだ終わらず、佐々木はライトを自分のデスク周りだけにして続けた。
それでも直子に借りたうるさめの音楽のお陰で軽快に手は動き、険しいリズムが心地よくすらあって、案外功を奏したようだ。
胸の中のざわめきがいやだった。
「直ちゃんにまたPCにでも入れてもらお」
日付が変わる頃にようやく佐々木がPCの電源を落とすと、クリスマスツリーが一人静かに煌めいていた。
オフィスを施錠して階段を降り、愛車に乗り込むと、佐々木はエンジンをかけた。
夜の闇に紛れて車が出ていくのを大柄な男が見送っていたことなど知る由もない。
「本物のストーカーだよな」
溜息と共にそう呟くと、男は路肩に停めてあった自分の車に乗り込んで間もなく走り去った。
翌朝、直子は名のあるパティシェリーでほとんど全種類ほどのスイーツを買い込み、古巣というのはまだ正解ではないが、表参道の駅を降りて大通りから二つ目の通りにある古いビルに入っているジャストエージェンシーを訪れていた。
師走ともなれば社内も慌ただしいようだったが、直子の顔を見ると、やっと戻ってきたかとやら、お前がいないと会社がしゃんとしないとやら、みんなが笑顔を向けてくれる。
「おお、直か、会いたかったぞ」
社長室を覗くと、春日がワハハと笑いながら席を立って直子を出迎えた。
「あーーーっ、ウソ、春日さん、それタバコじゃなくない?」
目ざとく春日が咥えたものに気づいて、直子が声を上げた。
「いやあ、散々浩輔にタバコを注意されたからな、梅昆布にしてみた」
「いいことです! って、ひょっとして健康診断、引っかかったんでしょ?」
「かなわないな、直には。まあ、ちょっとポリープあってよ、とったりしたんで」
「もう、春日さんは春日さん一人の身体じゃないんだから」
直子はちょっと心配顔で春日を見上げるうちに、ポロリ、と涙がこぼれて落ちた。
「お、おい、そんな、たいしたことじゃなかったんだって、直」
春日はおろおろと唐突にポロポロ涙を流す直子をなすすべもなく見下ろした。
「春日さんのことだけじゃないんです!」
直子はデスクにあったティッシュの箱を取って思い切り鼻をかむ。
「何だ、何があった? 佐々木か?」
春日は強面を極力和らげながら、そっと聞いた。
直子は黙ってうなずくと、ソファに座って落ち着くまでしばらく唇をきっと噛みしめていた。
「……佐々木ちゃん、私がこれでもかっていうくらい、口をすっぱくして言っても、全然無茶ばっかして、このままじゃ、ほんとに倒れちゃう」
絞り出すようにそれだけ言うと、またポロリと涙がこぼれた。
「まあな、あいつの舵取りは難しいんだ。仕事でもなんでも夢中になるとそれにのめり込む、できるまでやる、ってやつだから、ここにいた時はあいつの営業担当は決めないで俺を通してやらせるようにしてたんだ。だが、ここ一年、あいつの仕事は目を見張るものがあったぞ。思い切って独立させてよかったとな。直、俺はお前がなかなかうまくあいつをフォローしてくれてると思ってたんだ。そういや、こないだトラブったって言って、制作陣確保できないかって言ってきたが、うちも周りも手一杯だったし、何かあったのか?」
春日はできうる限りの優しい声で直子に問う。
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