好きだから144

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 ◇◇◇◇◇◇
 
 
 佐々木家の大掃除には朝から沢村がトレーニングウエアを羽織っていつも以上に元気一杯で現れ、家政婦の仲田や業者は昨年と同じメンツだったので、和やかにてきぱきと仕事が進んだ。
 淑子に指図されずとも、佐々木の身体を労わりつつ、昨年やった大きな家具の移動も沢村が難なく済ませ、大きな身体を手際よく動かして大掃除は例年より早く、午後四時には終了した。
 業者が帰り、仲田が夕食の買い物に出かける頃には、淑子が玄関や茶室、和室の床の間に花を生け、佐々木が正月用の飾りつけを終えていた。
 はあ、これで今年の行事は終わった、もう部屋でぐーたらしたいわ。
 佐々木が心の中でそんなことを思った矢先。
「せっかくお掃除が早く終わったのですから、周平、お稽古しまひょ」
 淑子がのたまった。
「沢村さん、あなたも茶席の入り方くらいちゃんと覚えなさい」
 佐々木はしばし動く気力がなかった。
「周平、早う着替えて用意しなさい!」
「クソオカン………」
 自分はほとんど指図するだけで、花を生けただけの淑子の後ろ姿に、佐々木は小声で悪態をついた。
 沢村はくすくす笑いながら、佐々木を促して茶室へと向かう。
 それでも佐々木は手早く着物に着替えると、その間に沢村が熾してくれた炭を炉に入れた。
 淑子はトレーニングウエアを脱いで茶室に向かった沢村にも容赦はなかった。
 扇子を持った茶室への入り方、床の間の拝見の仕方、席の座り方、足の運びまで、きっちり指導する。
 菓子器に干菓子を並べて沢村の前に置き、佐々木はさすがに沢村を気の毒に思いつつ薄茶を点てた。
 釜がしゅんしゅんと音をたて始めると、茶室に浄化されたかのような空気が漂う。
 佐々木が点てた薄茶を沢村の前に置き、挨拶をする。
 沢村は挨拶を返し、淑子に言われる通り何とかこなす。
「大変おいしゅうございます」
 お茶を飲んだ沢村がかしこまって挨拶するのに、佐々木はぐっと笑いを堪えた。
 沢村は淑子に言われた通り茶碗を戻すと、改めて座り直す。
「お道具の拝見を」
 佐々木が茶杓と棗を袱紗で清めて畳の上に並べると、沢村はそれを取り込み、道具について棗の塗り、茶杓の作や銘などを問う。
 沢村は長身だが、姿勢がいいので、足の痺れを我慢していることなどは今のところ隠しおおせている。
「佐々木先生」
 佐々木が棗や茶杓をしまいかけた頃、沢村が声をかけた。
「周平さんとお付き合いさせて頂いております。後々婿に入ることもお許し願えればと存じます」
 まるで道具の作を尋ねたのと同じ口調で言うのに、佐々木はしばし言葉を理解しそびれた。
 沈黙があった。
 佐々木はようやく沢村が何を口走ったかを反芻して固まった。
 何を、こないなとこで、こいつは爆弾発言しとんね!
「周平には昔からあちらこちらから縁談がありました」
 今にもそれこそ淑子の爆弾が落ちるぞ、と思った佐々木は、落ち着いた淑子の言葉にさらに固まった。
「殿方からのお話もいくつかございました」
 へ? と佐々木は思わず淑子を振り返った。
 縁談の話があったくらいは知っていたが、母親のところで止まっていたし、そんな話は聞いたこともない。
「周平、手ぇが止まってます!」
 しかし思いがけなさすぎる話に佐々木は手にする道具を間違えそうになる。

 


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