好きだから145(ラスト)

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「中には既に奥様がいてる方など、不埒な! もちろん、塩をまいて追い払いました。とにかく、縁談はあってもええご縁なんかあらしまへん」
 淑子は膝に置いた両手をきつく握りしめる。
「それでもこの子が友香さんと結婚する言うた時は、肩の荷を下ろしたものです。ところが、三年足らずで嫁に逃げられ、ほんまにふがいないことこの上ない!」
 古傷に塩を塗りたくってくれる淑子が、一体何を言い出すのやらと佐々木は生きた心地がしない。
「ひとまず、様子見といたしまひょ。許すかどうかはいずれの時にか申し渡します」
「ありがとうございます」
 沢村は真面目な顔で言った。
 佐々木はとりあえず形だけ道具を仕舞うが、順番など覚えてもいない。
 水指を持って立つと茶室を出て襖を閉めた。
 そのあとも淑子は沢村に退席まできっちり指導した。
「周平、今日はこれで終いです。ぼんやりしてんとご挨拶なさい」
「あ、はい」
 襖の向こうで頭が真っ白になっていた佐々木は慌てて襖を開けて入り、扇子を前に頭を下げた。
「ありがとうございました」
 すると淑子はすっと立ち上がり、「もう二日には初釜です。もっと気を引き締めて向かいなさい」と佐々木に厳しい言葉をかける。
「あ、はあ」
「はあとは何ですの! しゃんとなさい」
「すみません」
 ついおざなりな返事をした佐々木を叱りつけ、毅然として淑子は茶室を出て行った。
 淑子が廊下を曲がって遠ざかるのを待って、佐々木は沢村を振り返る。
「お前、オカンに何言うとんのや!」
「え、だって、塩まかれたり追い払われたりはしなかったし?」
 鬼の形相の佐々木にも沢村はへらっと答える。
「お試し期間ってことだろ? お許しが出れば婿に入れるぜ」
 沢村の八木沼にも何も言えないだろうあまりな能天気ぶりに、佐々木はドーンと大きな厄介ごとを背負った気がして、はああああと肩を落とした。
 


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