母屋に寄ってみると、果たして稽古は終わってはいたものの、道具やらはそのままだし、炉の炭の火は既に消えていたが、佐々木は念のため細かい炭を火おこしに取って完全消火した。
灰の状態を確かめてから、棚の上の置時計を見ると既に午前零時を回っていた。
道具はやはり直子に明日片付けてもらうことにして、母屋の電気を消し、鍵をかけてから自分の部屋のある離れへと足を向ける。
確かに疲労困憊で、佐々木の脳はこれ以上何かを考えることを拒否しており、ベッドに直行した佐々木はそのまま毛布を被り、泥のような眠りについた。
翌日、携帯の目覚ましで何とか起きだした佐々木は、シャワーを浴びて身支度を整えるなり、スタジオへと車を走らせた。
電映社の撮り直しCMの撮影である。
直子が茶室の片付け行ってくれるというので、佐々木は鍵を直子の机の上に置いて出かけた。
結局、オフィスのことだけにとどまらず、家のことまで直子に頼らざるを得ないことが、直子に対して申し訳なく、また自分が情けなかった。
クスリで捕まった水波清太郎の代わりにスポンサーと電映社が大急ぎで探したのは、最近では秋に放映されたドラマ『田園』で脇ではあったが存在感をアピールし、チョコレートのCMでも人気急上昇中の俳優本谷和正だ。
デビューしたての頃はとてもものにならないかとも思われた演技も、出演回数を重ねるごとに評価を上げ、今や若手の有望株となっている。
人気アイドルとかきいとったけど、意外と謙虚で素直なやつやなぁ。
撮影中、被写体となっている本谷を傍らで見ていて、水波の撮影の時を思い出した佐々木は、心の中で呟いた。
新触感チューハイ『スリリングレモン』は、大手酒造メーカーの新商品で、スカッとしたきつさ、爽快さが売りとなっている。
水波の場合はそのイメージからどちらかというと、きつさ、スリリング、が目いっぱい画面に押し出されていた感があるが、むしろ本谷の方がスカッとした爽快さというところではポイントが高いように思われた。
撮影は夕方まで続き、またぞろ疲れが上乗せされたところで、直接手塚医院に淑子を迎えに行くと、夕食を済ませた淑子は、佐々木の顔を見るなり、遅いと文句を言った。
例え仕事が忙しかったにせよ、古希を超えた淑子の今後のことも考えていかなければならないのだと、佐々木は改めて思う。
佐々木はボルボの後部座席に淑子を乗せ、テールゲートを開けてたたんだ車椅子を積み込むと、ようやく家へとハンドルを切った。
今日から泊り込みで淑子の面倒をみてくれるという石川は小回りのきく小さめの軽で佐々木の車の後に続いている。
「茶室はちゃんと片付けはったんですね?」
淑子は気になっていたらしく、車が走り出すなり聞いてきた。
「あ、ええ、直ちゃんも手伝うてくれたし」
片付けたのでご心配なく、とラインが来ていた。
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