ACT 7
太陽の日差しはあるが、真冬並みの北風が街を吹き抜けていた。
午後になると少しは風も和らいで、かつ佐々木の仕事もどうやら目途がつきそうになってきた。
「直ちゃん、ここ数日のお礼もかねて、近いうちに夜ごはん、食べ行こか。コースでもかまへんで。直ちゃんの行きたいとこ考えといて」
直子がいれてくれたコーヒーをしみじみと味わいながら、佐々木は言った。
「え、それは嬉しいけど」
何か含みのある言い方に、佐々木は直子を見た。
「あ、今日はライブやろ? 何やったらキリのええとこで上がってええよ」
シックながら黒のかっちりしたジャケットの中は黒のレースをふんだんに使った少しフレアのあるワンピースだ。
足元は厚いソールのレースアップブーツで、きゃしゃにとがったつま先のラインがきれいである。
大好きなメタルバンドで随分前に来日が決まり、かなりいいチケットを手に入れた時は友達と飛び上がって喜んだものだが、今この日の直子は、正直、あの喜びようはどこに、な感じなのだ。
佐々木と沢村のことを考えると、悲しくなってしまうのだ。
佐々木が幸せなら、メイクもばっちり決めてライブにGOというところだが、あにはからんや、忙しさだけではない、どう見ても佐々木はどこかしら頼りなく、寂しげなのだ。
ちょうど去年のクリスマスの頃がこんな感じだった。
ううん、違う、何か、今回は神経が麻痺しているっていうか、空虚っていうか。
直子がそんなことを考えていたところへ、電話が鳴った。
「オフィスササキでございます」
電話口の直子の耳に、聞き覚えのある、どちらかというと不快な相手に分類される男の声が聞こえた。
「佐々木さん、手塚先生からです」
できれば取り次ぎたくないと思ってしまったが、あくまでも仕事である。
「手塚先生?」
佐々木は受話器を取って外線ボタンを押した。
「稔さん? 俺この電話教えたっけ?」
「さっきばあさん、いや、お前のオフクロに聞いたんだよ。どうだ、今夜、飲み、行かねぇか? ってもこのあたりで。今日は午後診療ねぇし」
佐々木はしばし逡巡した。
仕事の目途は思ったより早くついた。
直子もライブだというし、淑子は石川がみてくれている。
それに。
「せやね、ちょうど仕事の目途もついたし、ええですよ、この辺りなら。六時過ぎでええ?」
一人で夜を過ごしたくない気分だった。
「よし、わかった」
「今夜、手塚先生と、お約束?」
電話を切ると、すかさず直子が聞いた。
「ああ、久しぶりに飲み、て。まあ、オカンも世話になっとることやし」
それはあまり関係ないだろう、と直子だけでなく佐々木も自分で突っ込みを入れる。
ただ、沢村がまだ佐々木と大手を振って歩けそうにないことが、直子ももどかしかったのだ。
六時を前に、「直ちゃん、そろそろええよ。俺ももう上がるし」と佐々木はパソコンから顔を上げて直子に言った。
「え、うん、これだけやったら上がる」
つらつら考えながら仕事をしていたので、ついキーボードを打ち間違えたりして、常日頃の直子ではなかった。
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