好きだから36

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 さらに、直子を固まらせたのは、いきなりドアが開いて男が入ってきたからだ。
「よう、なかなかいいオフィスじゃねぇか。暇なんで来ちまった」
 声は確かにあの男だった。
 しかし人相風体が、先日の白衣の熊五郎とは似ても似つかない。
「あれ、稔さん、えらくさっぱりしたやないですか」
「おう、いい加減うっとおしかったんで、さっき床屋寄ってきた。何せ、今世紀始まって以来の美人との飲みだからなぁ」
 確かにごわついていた硬い黒髪は小ざっぱりと切り揃えられ、前髪は緩やかにわけられている。
 そして何より、さっぱりきっぱり髭がなくなって、熊五郎どころか、藤堂と河崎を足して二で割ったような甘めと渋めがないまぜになったイケオジができあがっているではないか。
「おおっ! 彼女もバッチリ決めまくって、飲み、一緒する?」
 そこで直子に気づいた手塚は、嬉しそうに声をかけた。
「直ちゃん今日、ライブなんや、残念やな」
「おお、そっか、ヘビメタとか?」
 目の前でニヤつく男は直子にしてみれば、限りなく軽佻浮薄なとても医師とは思えないオヤジだった。
ハードロックとか言わないだけマシ?
 ただ、心の中でそうやってこきおろしてみても、手塚がただガサツで俺様で自己中な植山などとは違って、佐々木にちらっと聞いたところによると、国境なき医師団に参加して海外にいたという、経験に裏打ちされたワイルドで頑丈な体躯といい、しかも佐々木より背が高いというポイントは大きい。
 確かに手塚の言い方であれば今世紀始まって以来の美人という佐々木だが、身長は一八〇センチはあり、小顔でモデル体型なのだ。
 直子を誘おうとはしていたものの、佐々木を、今世紀始まって以来の美人などと言うこの男は、確か、子供のころから佐々木の親衛隊をもって任じていたと、佐々木が面白そうに言っていなかったか。
 ちょっと、面白いどころか、それって子供の頃からの佐々木ちゃんのストーカー?!
 離婚したって話だし、今、フリーってこと?
「あ、直ちゃん、はよ行きたいんやろ? もう上がってええよ、お疲れさん」
 半分本気ですごく好きなライブでも、これは佐々木について行った方がいいのではと思い始めていた直子だが、佐々木にそう言われてしまうと、言うべき言葉が見つからなくなる。
「ほな、腹も減ったし、藍屋でも行く?」
「そうだな」
 藍屋と聞いて、直子は少し胸を撫でおろした。
 少なくともホテルのレストランなどではなかったからだ。
 直子は先にオフィスを出たのだが、それでもまだ元熊五郎のことが気になって仕方なかった。
「植山と明らかに違うのは、少なくとも佐々木ちゃんがあの熊五郎を嫌いじゃないってことよ!」
 歩きながら直子は携帯を取り出した。
「どうしよう、良太ちゃん、佐々木ちゃんが!」
「佐々木さんが? 何かあったのか?」
 急に電話をかけてきた直子にいきなりそんなことを言われ、電話の向こうの良太もいつぞやの植山騒動の不穏な成り行きを思い出して緊張した声で聞いてきた。

 


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