好きだから38

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「オフクロは別に俺らにあとを継げとかいわねぇし、浮気した婿養子を叩き出して、一人で気楽にやってきた医院で、まあ、自分の代で終わってもよしと思ってるみたいで、俺がまた海外行こうが何も言わねぇよ」
 稔はいっそさばさばと口にする。
「そうなん?」
 手塚医院は確か明治あたりから代々続いてきた医師の家系だと聞いていた。
「まあ、俺がいるうちにとかって、お袋、あちこち旅行行きまくってるけどよ。さっきギリシャから帰ってきた」
「そら、お元気で何よりやな」
 同じ七十代でも、久乃は一人でも動ける人だろうが、口と矜持は負けないかも知れなくても、淑子は誰かが傍らにいないと生きていけない人間だ。
 佐々木自身も淑子を置いて家を出るとか、考えたこともなかった。
 パラサイトと言われようが、根性なしと言われようが、そういうもんだと思っていた。
「お前んとこは、オフクロさん、どうせ、あと継げとかって言うんだろ? 佐々木っていや、あのあたりじゃ昔から結構な地主だもんな」
「過去の話やろ。俺もオヤジに似て甲斐性ないし、オカンにしてもそやし、雑木林、税金対策で半分ほど売った。あと継ぐようなもん、あれへんて」
「そうかあ、だよな、勝手に土地上がってくれるからな」
 そやった、土地を沢村が買うたんやった。
 やから、面倒なことになったらと思うたんや。
 選んだ日本酒が口当たりがよくて、佐々木はサーモンのカルパッチョをつつきながら何度目かのお代わりをした。
「しかし、お前が何で離婚? ひょっとしてオフクロさんと嫁の折り合いが悪かったか」
「いや……彼女、俺といると絵、描けへんて、ほんで出て行ってしもた。もう、ずっと前の話や」
 友香のことをもうずっと前の話、と口にできるようになったのは沢村のお陰かも知れないが。
「うーん、芸術家とか、よくわからんが、そんで、次はよ? ほんとにオフィスの可愛い彼女とは何でもないわけ?」
「お互い、仲良すぎて兄妹みたいなもんやから。ほんまにようやってくれるし、直ちゃんがおらなんだら、俺、仕事もやっていかれへんけど」
「ふーん、だったら、今、フリーってやつ?」
 聞かれて佐々木は一瞬躊躇した。
「………せや……な。オカンは毎朝、俺にええご縁がありますようにとか仏壇に手ぇ合わせよるけど、こればっかはどうにもならん」
「なんか、今、間があったな? まさか、お前、一応フリーとは言ったものの、実は人様に言えないような相手がいるとかじゃねぇよな? 不倫とか?」
 稔は妙なところで勘がいい。
 不倫は当てはまらないにしても。
「不倫とか嫌いやから」
「ふーん、まあ、いい。で? 仕事は順調なんだろ?」
「何とか。けど俺はのんびりやりたいのに、ここんとこ忙しすぎて。その上、オカンがあれやろ。参ったわ。でも稔さんのお陰で助かった。おおきに」
「何、水臭いこと言ってやがる。俺とお前の仲でよ」
 ガハハと笑う稔はワインを飲み干してしまい、また生ハムやチーズ、それに合うという日本酒を追加オーダーした。
「ガキ大将といや、お前の隣に住んでたガキ大将はどうしてるよ?」
「隣? って、もしや京助さんのこと?」
 思い当たる人物は京助以外にいなかった。

 


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