「そうよ、あのデカいうちの裏門がたまたま開いてて、庭に俺がちょっと入り込んだら、あの野郎、不法侵入だとか何とかいいやがって、喧嘩になってよ、五年生ン時か?」
「ええ? そんなこと知らんで? それでどないなってんね、そん時」
意外な話に佐々木も眉を顰める。
淑子が聞いたら火を噴きそうな話だ。
「取っ組み合いになって、結局決着つかずに、兄貴がやってきて、喧嘩止めてくれてな。お茶とかケーキを出してくれて、ありゃ、できた兄貴だった、うん」
「何やね、それ。隣言うても学校もちごたし、あんまり行き来はなかったけど、最近、仕事でたまに会うで。兄貴の方は、あこの会社のえらいさんやし、京助さんは、大学の准教授」
ことの顛末を聞いた佐々木はちょっと胸を撫で下ろす。
「ほう?」
「まあ、京助さんは稔さんと同じやな」
「何が同じだ」
「ガキ大将は相変わらずやってこと」
「フン」
佐々木が苦笑いすると、稔は面白くなさそうに、運ばれてきた冷酒を佐々木のグラスにも注ぐ。
「お、これも美味いな」
それから稔が海外での話を面白おかしく語るのを聞きながら、佐々木は調子に乗って冷酒を飲んだ。
もう一軒行くか、と店を出てから稔が言ったが、佐々木はちょっと飲み過ぎたことに気づき、やんわり断った。
「年かな、弱いわけやないのに」
ゆっくり歩いても佐々木の家まで二十分はかからない。
酔いを醒ましながら帰るからと歩き出した佐々木の足元がおぼつかないのをみて、稔は送ると言って隣で腕を支えた。
「ええのに、すぐそこやし」
「バーカ、お前、危なっかしいんだよ」
「大丈夫! 道路の真ん中に寝転がったりせえへんて!」
ケラケラ笑う佐々木はマフラーを巻きなおす。
「うわ、寒う! にしても、俺らの子供の頃はこんな、目いっぱいビルとか建ってなかったやろ。俺とこも隣のデカい屋敷も周りをぐるりとマンションやら建ちよってな」
「ちっぽけな俺んちなんか、ビルのはざまよ。道路に面してるから、かろうじて日当たりもまだ何とかだ」
「時間は止まるいうことはないからな。俺らも年くうわけや」
ようやく佐々木は家にたどり着くと、生垣の裏木戸を開ける。
「懐かしいな、この裏木戸。しかし鍵くらいつけろよ」
「んなもん、どこに木戸があるかもわかれへんやろ、葉っぱで隠れとるし」
「にしても、ここの雑木林、えらく伸びたなあ。草ぼうぼうじゃねーか」
人一人歩けるくらいの道があって、少し歩くと佐々木の居住する離れに着いた。
表門からよりこちらからの方が離れには近い。
沢村も浩輔に教わってからというもの、離れに来るときは、いつもこの木戸を利用していた。
最後に沢村がここを訪れたのはいつだったか、ペナントレースが終わった頃だったか、何だか随分昔のようにも思えてしまう。
離れのドアの前で、佐々木はセカンドバッグから鍵を出そうとするのだが、かなり酔いが回っているようでしばらく中を掻き回し、ようやく鍵らしきものを見つけて取り出した。
「稔さん、送ってもろてコーヒーでも、ていうべきとこやけど、あかんわ、結構酔うとるみたいで」
ふう、と大きく息をついて鍵をドアに差し込もうとするが、定まらない。
ぐいと、腕を取られてドアに背を向ける形になって、佐々木は焦点が今一つ合わない目で見上げたと同時に、ドン、と男の両腕が佐々木を挟み込むようにドアに伸びた。
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