好きだから43

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 撮り直して即放映となった『スリリングレモン』とまでは行かなくても、猶予はさほどないのだ、イチからやり直しというのはやはり佐々木にしてもきつかったのだが、逆にその方が、誰かを当てはめるよりはそれこそスッキリと仕上げられそうだった。
 スポンサーはタイヤ業界トップを走るブライトンタイヤ、アイスバーンでもきっちり止まる高性能スタッドレス。
 コンセプトは安心、安全、超高性能。
 実際は車種や機能、運転者の運転技術などを踏まえてのことではあるが、佐々木自身、車はボロでもタイヤだけは多少高くても国産のいいものを履きたいので、あえて口には出さずとも、このメーカーのものを好んで使用している。
 特に冬の雪道など走る時はタイヤがモノを言う。
 減り具合にもよるが、そろそろ三年、換え時かもな、などと佐々木は愛車を思い浮かべた。
 ジャストエージェンシー時代は、仕事で東北、北海道という時も、フェリーで函館まで行って道内を巡ることもあったし、年式は古いが遊びにももちろん欠かせない大事な愛車だ。
 今回ブライトンの上の方からの御達しでタイヤを履かせる車がボルボの最新型というのも、佐々木は心の中でなかなかわかる幹部じゃないかと、仕事に力も入っていた。
 それが水波のお陰でケチがついた格好になり、ブライトン側もかなり怒っていたが、佐々木としても寝耳に水だったのだ。
 イチからとはいっても、北欧あたりを走らせたカットはそのまま使い、水波とアスカを使ったドラマに沿った形でのカットを大澤とアスカで撮り直すということになる。
 水波はしゃべらせるとくどくなるので、ストップモーション風にカットを切ってシャープな雰囲気に仕上げていたのだが、大澤とアスカであれば少しストーリー性を加味したものにする予定だ。
「え、また、あたし、雪の妖精?」
 制作を進めている広告代理店サンホールディングスの自社ビルにある一室で、スポンサー側の担当者、代理店と制作スタッフ、それに出演する俳優大澤流とマネージャーの浜田、中川アスカとマネージャーの秋山、佐々木とが打ち合わせに臨んでいた。
「そうですね~、こないだは雪女でしたけど、今回は雪の女王って感じで」
 最近はスポンサーや代理店と会う時などはおとなしめにスーツなどで赴くようになったアスカが不服というわけでもなく言うのに、佐々木は説明を加えた。
「あら、やっぱり雪女だったんじゃない」
 おとなしめとはいえ、シンプルな黒のパンツスーツはシルクで、明るい色の髪を今日はおろし、ハーフアップをバレッタでとめているのだが、細い鼻がすっと伸びてくっきりしたヨーロッパ系の相貌によく合っていると、佐々木は思う。
「雪の女王は少し前に人気の映画もあったことですしね。ちょっとしたストーリー仕立てで、下手をするとダサくなりがちですが、大澤さんアスカさんともに表情が豊かなので、シメのカットに全てがかかってます」
「へえ、面白そうじゃないですか」
 昔はもっと横柄な態度が大澤流の代名詞のようだったが、それなりに経験を積んでまともな口を聞くようになったらしい。

 


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