好きだから90

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「佐々木ちゃん断ったんだけど、今西ってめちゃ押しが強くて、結局押し切られちゃって、今朝聞いたら、アディノの室内練習場に行ったって。でも沢村っちに会えたんなら、ほんとなら今朝だってあんなに苦しそうな顔してぼんやりしてるはずないのよ」
「そう……か」
 喧嘩したとかなら顔合わせづらいよな。
 難しいよな、人の心なんて、他人にはどうしようもないんだ。
「とにかく俺、かおりちゃんや肇に忘年会やろうって言われてて、沢村に連絡取ってみることになってるし」
「うん」
 あいつが誘いに乗ってくれればだけどな。
 会ったらちょっと、活を入れてやる。
 あんまり裏ぶれてっぽいあいつって、みたくないし。
 やっぱ、沢村智弘はちょっと自信過剰くらいじゃないとな。
 店を出て直子を地下鉄の入り口まで送ってから、良太はポケットから携帯を取り出した。
「あ、俺。あのさ、来週のどこか時間取れないか? 肇やかおりちゃんが忘年会やろうって」
 吐く息が白く広がり、見上げた上限の月は流れてきた雲にやがてかき消された。
 
 
   
 
 巷の喧騒も吹きすさぶ風と雨の冷たさも関係なく、二人のスラッガーは朝から汗を流していた。
「も、俺、うれしぃて、目から涙がどばぁと、はああああ」
 しかしウォーミングアップの最中から隣の男のおしゃべりがうるさいことこの上ない。
 くっそ、こんなやつと組むんじゃなかった。
 沢村はストレッチを続けながら心の中で呟いた。
「したら、パチッと目ぇ覚めてしもて、夢やったんかぁって、はあああああ」
 昨日の朝からこんな調子で、うるさい、いい加減にしろ、とどやしつけたらその時はおとなしくなったものの、今朝は今朝でこの通りだ。
「せえけど、もうそれが超リアルで、こういうスイングで振りぬいたらええ、て、佐々木さんが俺の手の上からこう………! 佐々木さん!」
 佐々木さんが何でお前のフォームがわかるんだ、バカ大輔!
「あのスイングの感覚! これやて! 俺の中に実感としてあるんや! もう、神神しゅうて女神! やのうて、神や! 佐々木さん! 何で世の中にあんな麗しい人がいてるんや!」
 沢村の心の罵倒など思いもよらず、両手を握りしめて天を仰ぎ、八木沼は一人で感極まるように唸る。
 佐々木はすごいクリエイターらしくて、八木沼のしでかしたことで佐々木が怒って仕事を降りたりしないようにと、担当が懸命に佐々木の機嫌を取っていた、八木沼がいきなり手を握ったことを平謝りしたら、佐々木は笑って許してくれた、打ち合わせの間中佐々木を眺めていた。
 一部始終を八木沼はわざわざ沢村相手に話し続ける。
「夢でフォームがよくなるんなら、ずっと寝てろ!」
 沢村が怒鳴りつけても、八木沼は、「正夢やで?!」といっこうに黙る様子もない。
「沢村かて、アディノのCM、佐々木さんにつくってもろたんやろ? ああ、沢村にはあの美人女優がいてるよって、佐々木さんの麗しさに目ぇがいかんのかもしれへんし、そもそも男なんかて思うとるんやろけど、男とか女とか超越してるんや、あの人は! まあ俺かて、友達にゲイもおるし、男も女も関係ないて思てたけど、男にこんな胸が熱うなるとかあれへんで、佐々木さんに会うまでは!」
 八木沼が佐々木さん佐々木さんと連呼するのが耳障り極まりない。

 


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