限りの月10

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 いい加減どこにもぶつけられないイライラが工藤の口から堰を切ったように飛び出した。
「わざわざ丸の内でうろついていたお前のばあさんを荷物持ちになってここまで連れてきたことに対して礼を言うことも知らんのか? 大体、右も左もわからないような老人に八重洲北口を待ち合わせに使うとかあり得ないだろう。少しは脳みそを働かせて、新幹線のホームにいるように指示するとかできなかったのか?」
 最初は睨み付けていた顔がしばしきょとん顔になり、やっとのことで状況を理解したらしい博則は、「すみません、あの、ありがとうございました!」と頭を下げた。
 フン、どいつもこいつも人を顔で判断しやがって! と工藤は鼻で笑い、また入場券を買って改札をくぐった。
 オヤジの性か、今時のキャッシュレスカードやモバイルなんちゃらを、工藤は使う気になれないでいる。
「え、あの人に買ってもらったんか? 入場券」
 背後でそんな声がしたが、付き合っている暇は工藤にはなかった。
 丸の内北口改札を出て外に出た工藤ははたと足を止めた。
 また雪だ。
 しかも湿り気の多い滑りやすい雪である。
 普通なら徒歩五分だが、滑らないようにそれこそちんたら歩かねばならない。
 車に乗るような距離でもない。
 仕方なく工藤は横断歩道を渡り始めた。
 その頃、良太は何かあったのだろうかとやきもきしながら工藤を待っていた。
 雪は小やみになり、ちらつく程度だ。
 コーヒーショップを出ると、あたりを見回したがまだ工藤の姿はなかった。
 ふっと空を仰ぐと雪が舞い降りてくる。
 イルミネーションの光に映えてきれいだ。
 やっと工藤が丸の内テラスの近くまで来ると、ぽつんと立って空を見上げながら良太が口を開けて雪を受けているのが見えた。
 思わず笑わずにいられない。
「お前は幼稚園児か」
 待ちかねた声に良太が振り向いた。
「あ、やっと来た。工藤さん、お疲れ様です」
「全く何なんだ、この雪は」
「革靴じゃ滑りますよ」
 工藤の八つ当たりをスルーして良太は言った。
「わかっている」
 ここまで来る間に二度も転びそうになった。
「あそこですよね、お店。予約とかは?」
「んなモン入れてない」
「ええ? 今夜、予約なしで大丈夫なんですか?」
 良太はとがめるような目で工藤を見た。
「ダメなら他の店に行けばいい」
「ええ?」
 増々眉を寄せて良太は工藤について店へと向かう。
 道路の車はのろのろ。
 歩く人は恐々。
 これが東京の雪のクリスマスってやつ?
「あ、工藤さん!」
 工藤と良太が店に入ると、ちょうど工藤の知り合いというオーナーシェフが笑顔で迎えてくれた。
 良太の心配は杞憂に終わり、二人は奥の個室へ通された。
 田丸と名乗ったオーナーシェフはにこにことオーダーを取り、「こちらが広瀬さん?」と聞いてくる。
「あ、はい」
 何で知ってるんだという良太の疑問もすぐに解消された。
「田丸と申します。どうぞお見知りおきを。実は坂口さんにはちょくちょくいらしていただいてて、先日は俳優の宇都宮俊治さんとご一緒で、その時、工藤さんの一番弟子の広瀬さんがなかなかやり手だとお聞きしました」
 ああ、なるほど、そっち系の知り合いだったんだ。
「いや、坂口さん大袈裟ですから」
 一番弟子って。
 工藤は何も言わないし。

 


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