蟹のむき身、椀物は真鱈の蒸し物や海老しんじょう、お造り、焼き物は寒ブリ、ゴマ豆腐、茶わん蒸し、香の物と、テーブルに並べられたのは良太が目移りするようなものばかりだ。
工藤は辛口の吟醸酒を頼み、良太も「これ、うまいっすね」などと調子に乗って飲む。
そんな良太を見ながら、工藤は先ほどの祖母と孫らしき二人のことを思い出し、ふと自分の祖母である多佳子のことが頭に蘇る。
記憶にある限り多佳子と初めて顔を合わせたのは、曾祖母の臨終の際、工藤が平造と引き合わせられた時のことだ。
会ったのはその時一度きりだったが、人目を避けるように夜中に現れた多佳子は、艶やかで美しく、その視線は人を射抜くように強く、曾祖母、つまり自分の母親が亡くなっても涙一つこぼさなかった。
そんな女が何だって今さらこっちに接触してくるんだ?
おそらく本谷のファンのせいで良太が倒れたSNSでも見たからだろうとは察しがつくが、だからといってわざわざ良太を拉致ってまであんなものを渡したかっただけなのか?
いや、拉致ったのは明らかにババアの悪ふざけだろう。
良太にあんなものを渡したのだって、ババアの自己満足だ。
工藤はただ、多佳子が良太に接近してきたのは、良太が工藤にとって特別な存在なのだと、画面から読み取ったからだろうとは思う。
とにかく多佳子が俺サイドにこそこそコンタクトを取っていたとか情報が洩れて、警察に痛くもない腹を探られるのは真っ平だ。
「これ、うんま!」
パクパクと目の前の料理を平らげていた良太が、寒ブリの照り焼きを口にしてのたまった。
ふっとほくそ笑み、工藤は酒を口に運ぶ。
「あ、工藤さん、紫紀さんが」
良太が口にした紫紀という名前に、工藤は今度は何だと思わず構える。
「沢村をCMに使いたいって言ってて」
「沢村を?」
胡乱気に工藤は目を眇める。
「アディノのCMは好評でしたからね、沢村を使いたいっていうオファーは直接企業からや代理店から結構ありますが、今のところ、沢村がうんと言ったものはないんですけど」
何しろ、佐々木が担当じゃなきゃやらないとか、駄々っ子のような理由で相手に断りを入れるわけにも行かず、スケジュールの都合上としか言いようがない。
「一応沢村に打診してみるとは言ったんですが」
「佐々木さんか」
さすがに工藤もそのくらいは推測できる。
そうそう自分の思い通りに行くわけないだろう、あのバカ、仕事を何だと思っている。
「ええ、ただ、紫紀さんは、レッドデータのCMや東洋グループ傘下の東洋不動産の仕事で、プラグインと佐々木さんのことをかなり高評価していると」
「ほう? 東洋不動産、決着がついたわけか」
「のようです。それだけでなく、紫紀さん、大和屋のプロジェクトに去年から佐々木さんが関わっているのが何か羨まし気でした」
フンと苦笑した工藤は、「沢村のことはお前が窓口になっているんだ、お前からプラグインと佐々木さんに打診してみればいいだろう」と言った。
「はあ」
まあ、そうなんだけど。
少しは何かアドバイスを期待した良太はトーンダウンする。
「まあ、佐々木さんのスケジュール次第だろうな」
「ですよね」
直子は佐々木さんのスケジュールがタイトすぎると怒っていたし。
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