限りの月3

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「イブには帰りたかったけどな」
 檜山も同じくのようだ。
「え、檜山さん彼女いたんだ?」
「うーん、彼女ってんじゃないけど、まあ、普通クリスマスは一緒にいたいじゃない?」
 若手俳優に突っ込まれて口籠った檜山だが、やはりひとみの言葉通り、クリスマスという行事の特別感が若い連中のみならず浸透しているようだ。
「小杉さんはご家族とクリスマス?」
 映画の座長を務める青山プロダクション所属俳優志村嘉人が聞くと、「いやまあ、うちはいい加減子どもも親とクリスマスってより、友達とか彼氏とかとになったな」と志村のマネージャーの小杉は苦笑していた。
「嘉人は今年も彼女なし?」
「残念ながらくりボッチですよ、よく知ってるじゃないですか、小杉さん」
 生い立ちが複雑でなかなか人を信用しない癖がついているため彼女の一人もできないというより、工藤に負けず劣らずタイトなスケジュールの志村はおいといても、イブが無理でもクリスマスには恋人や家族と過ごすのが当たり前、ということらしい。
 曽祖父母が健在の時には、横浜の屋敷には使用人の手によってツリーが飾られていたし、曽祖父母からプレゼントももらった記憶は工藤にもあるし、イブには何かごちそうが出たことも覚えてはいるが、食事が済んだらいつものように部屋に引っ込むだけで、さほど特別感はなかった。
 唯一、クリスマスイブを恋人と過ごしたといえば、学生の時、ちゆきと食事に行ったその時だけだ。
 しかもちゆきはプレゼントまで用意して、ディナーを予約していたのだが、工藤の方はかかりきりの論文で頭が一杯だった。
 プレゼントを開いて万年筆を取り出した工藤は、クリスマスイブでしょ、とちゆきに言われてようやく気がついたくらいだ。
 工藤は何も用意していないことを詫びたが、ちゆきの方は、わかってる、あなたってアニバサリみたいなことに無頓着だもの、と笑っていた。
 今時、女は、などと言ったらすぐレッドカード扱いだろうが、誕生日ならまだわかるが、クリスマスやバレンタインなどは女が好きな行事なのだくらいにしか思っていなかった。
 それだけオッサンになったからなのか、彼女に言われたように俺だけが無頓着なのか。
 あれやこれや考え合わせてもやはり、どうやら工藤だけが無頓着だという結論に至った。
 しかし、ガキじゃあるまいし、今さらクリスマスもないだろう、とは思ってしまう。
 後ろの席にいた子ども連れの女性が、停まっている新幹線の中でおとなしくしているのに飽きたらしい子どもが通路を走り回ったりするのに手を焼いていた。
 ったく煩いなこのガキは。
 工藤は目を閉じて心の中で文句をたれたが、そのガキがまた歌いながら通路を走るのだ。
「ジングルベル! ジングルベル! すっずがあなる~!」
 お前がわざわざ歌ってくれなくても今日がクリスマスってことはもうわかってる。
 工藤はまた心の中で子どもに怒鳴りつけた。
 まあ、お陰でクリスマスというモノに乗じて、良太に食事の約束を取り付けたのだが。
 それにまた良太がお歳暮と称して、前田の店にボトルを入れるだろうこともわかっている。

 


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