ほんの少し届かない10

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 ともあれ、検事の荒木とともに工藤とは大学の同期で長いつきあいになる小田弁護士にせよ、平造にせよ、下柳やひとみや、それに良太はあまり好きではないが、MBC時代の先輩鴻池にせよ、冷酷非道だなんだといわれながらも工藤は人には恵まれているのではないか。
「ああ、そう、もちろん千雪さんもだよな」
 工藤の関係者の中でひと際異彩を放つ人物を思い描いていると、湯が沸いた。
 工藤と千雪がどうやって出会ったかとか、詳しいことは良太も知らない。
 ただ、工藤は『昔、ワケアリな状況で知り合った』とかいうのだが、噛み切れずに飲み込んだ魚の骨か何かのように良太の胸に引っかかっている。
 事実を千雪から聞く勇気もないし、それは昔のことで、千雪には京助という恋人がいるのだからとは思うものの、工藤の本当のところはどうなのか。
 亡くなった恋人の桜木ちゆきと同じ名前の稀有な美貌の主に対しては、どんな女たちのことよりも何か深い思いを工藤の中に探ってしまう。
 どんなにあがいても所詮自分は千雪に及ばない。
 それが工藤と自分の限界なのかもしれない。
 工藤にしてみればたいしたことのない嘘だったのかもしれないが、ルクレティアのことで嘘をついた、そのことよりも、それが嘘だということが案外尾を引いて良太の心を切なくしていた。
「ま、いっか」
 考えたところで時間の無駄のような気がする。
 良太はマグカップにコーヒーを入れると、そそくさとエレベーターに向かった。
 コーヒーの冷めない距離にオフィスや社長室があるなんてのは、普通は敬遠したくなる環境だろう。
 それを嬉しく思う者が約一名ここにいた。
 ドアをノックしたが応えがないのでドアを開けると、窓際に立ち、英語で電話に向かってまくし立てていた工藤が良太を振り返った。
「お疲れ様ですぅ。コーヒーいれたから」
 待っていてもしょうがないので、デスクにコーヒーを置いて、部屋を出ようとすると、「悪いな、良太、ちょっと待て」と一言声をかけ、工藤はまた電話に向き直る。
 手持ち無沙汰の良太は時折電話をしている工藤を見て、何だか痩せたというかやつれたのではないかと、ちょっと本気で心配になる。
 しばし相手と話した後、工藤は電話を切ってデスクに戻すと、煙草をくわえる。
「今日は『パワスポ』の忘年会じゃなかったのか?」
 火をつけながらたずねる工藤に、「ええ、今さっき帰ったとこです」と良太は返し、「今日、ちゃんと食事したんですか?」と気になっていることを聞く。
「適当に取ってる。俺のことはいい。コーヒーはありがたいが、勤務時間外に気をつかうより、お前こそちゃんと寝ろ。これから年末まできついんだ、倒れられたら困るからな」
 その言い草に、良太はカチンとくる。
「死んでも倒れたりしねえよ! あんた、また最近煙草、吸いすぎ!」
 捨て台詞のように言い放つと、良太は社長室を出てたったか部屋に戻る。
「何だよ! 人が親切でコーヒーいれてやったのによ!」
 何が、勤務時間外にだ!
「俺は別に社長にコーヒーいれたんじゃねぇよ! 工藤に………」
 こうやってまた思い知らされる。
 所詮、工藤にとって良太のポジションはあくまでも社員なのだと。
「ちぇ………」
 一生懸命尻尾を振っているのに、ちっとも飼い主に気づいてもらえないワンコみたいだ。
「ちょっとばかしかわいそ、俺」
 硝子の向こうでは冷たく吹きぬける風がわずかばかり葉が残った街路樹を揺らしている。
 ぼんやりと闇を見つめている良太の前で、ガタンと窓が音をたてた。

 


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