ほんの少し届かない9

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 小野万里子の場合は、当時所属していた事務所の社長との不倫がマスコミに取り沙汰され、駆け込み寺のごとくボロボロになって以前一緒に仕事をしたことのある工藤を頼ったのだ。
 万里子は、冷酷非道が売りのように言われていた工藤に対して最初は半信半疑の状態だったようだが、工藤に万里子を何とかしろと促したのは今や大御所俳優としての地位を不動のものにしている山内ひとみだ。
「冷酷非道? まあ仕事ではね。ほんとは昔の恋人が忘れられないだけの情けないヤツなのよ」
 良太もひとみからその話を聞いて思わず笑った。
 当時若い工藤はそれこそそんじょそこいらの俳優なら裸足で逃げ出すようなルックスに加えてMBC入社直後から徐々に仕事で頭角を現し、もちろん先輩である鴻池の後ろ盾もあったとはいえ、その存在感は回りの業界人の妬みを買うほど圧倒していた。
 言い寄る女たちを食っては切り捨てる冷酷非道とマスコミでも散々叩かれたが、事実プライベートではその通りで、その頃の工藤は恋愛云々を考えることなどなかった。
 そんな工藤が少しなりとも心を許していたのは先輩格にあたる下柳以外は珍しく三ヵ月ほど続いた山内ひとみくらいだろう。
 ワンクールで振ってやったと豪語するひとみと、以後悪友として延々つきあいがあるのも気の強い毒舌家の彼女だからこそだ。
 ひとみに言いくるめられて工藤は結局万里子を引き受けるはめになり、社員とはいえないような平造一人しかいない会社でプロデューサーとしての仕事を抱えながら万里子のマネージメントもこなして駆けずり回った。
 ただ、急場を救ったのも万里子だった。
 時間があるときはオフィスにやってきて、売れっ子女優ならやったことのないだろう電話応対からちょっとした事務整理までを買って出た。
 かつては工藤が縁を切っているという中山組前組長の腹心だった平造は、組長の身代わりになって刑務所に入り、数年の服役を経て出所したところで、前組長の妻で工藤の祖母多佳子から頼まれて、養父母であった曽祖父母を相次いで亡くして天涯孤独となった工藤の面倒を見てきた男だ。
 背中には彫り物があるし、堅気でない雰囲気も今更消えない平造にとっては、万里子の存在はありがたかったようだ。
「別に苦にもならなかったわ。なんだか新鮮で。工藤さんは昔もメチャ怒鳴ってたけど」
 たまにオフィスを訪れた時、万里子も当時のことをちょっと懐かしげに話してくれる。
「昔もカッコよかったけど、渋みが増してまたカッコよくなったわね、工藤さん」
 ほんとはちょっと憧れてたの、とこそっと良太に打ち明けた万里子は、その後会社の嘱託カメラマン井上俊一と結婚した。
 万里子がようやく俳優業に専念できるようになったのは現在も彼女の事務所でマネジメントをしている菊池が、青山プロダクション初めての社員となってからだ。
 この会社の顧問弁護士である小田から紹介された菊池は、不当なリストラにあい、訴訟を起こしたところだった。
 千雪を追ってやってきたというアスカを除き、良太自身もそうであったように何らかの問題を抱えていなければ、青山プロダクションに落ち着こうという者はいないようだ。

 


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