「社長、いつ帰ってくるの? 俺、来週にはまたニューヨーク帰っちゃうんだよね。その前に戻ってくるんなら会ってやってもいいけど」
煙草をくわえて煙を吐きながら、霧弥はあくまで良太など相手にしないといった姿勢だ。
そういうことは今までもよくあった。
大概相手は社会的地位のある年配のオヤジで、ヒヨッコの良太を相手にしない。
それでも懇々と言葉を尽くす良太に相手もやがて向き合ってくれることもあるのだが。
この仕事で一番に覚えたのは、めげるな、ということだ。
だが出直してもダメというとき、仕方なく工藤に報告することもままある。
工藤がフォロウする場合もあるが、相手によっては工藤の方から切ってしまう。
著名な作家や脚本家などの場合、いいのかな、と良太も思うのだが、工藤はおかまいなしだ。
「頭にカビがはえたような連中なんか相手にするな。それより柔軟な頭の若いやつらでも見つけたほうがいい」
宣言どおり、小林千雪原作の映画の脚本は三十代の島田邦和と関本隆三の二人で書いていて、第一作目の頃は二人ともほとんど無名だった。
勿論、工藤も若ければいいと思っているわけでは決してない。
老いて尚精進という監督やアーティストには何度でも頭を下げるだろう。
ともあれ今回の場合良太はここですごすごと帰るわけにはいかないのだ。
何しろ時間があまりない。
しかも野元自身気難しい男だときている。
「ニューヨークに戻られるご予定はいつ頃になりますか? 社長は来週いっぱいは戻ってこないのですが」
今日パリに着くはずの工藤が帰るまでなんて待ってらんないんだよ! と良太は心の中で喚く。
「じゃあ、行き違いだな。あのさ、俺、これから出かけるから」
「お忙しいのは重々承知いたしておりますが、野元監督はぜひとも霧弥さんにお願いしたいとおっしゃってまして、何とか、お引き受けいただけませんでしょうか?」
ソファを立つ霧弥に良太も立ち上がって食い下がる。
「今回の作品は小林先生にとっても今まで以上に懇親の作品で、野元監督も原作にことのほか心酔されてご自分からメガホンを取りたいとおっしゃって組まれたプロジェクトです。監督はとにかく音にこだわっておられまして、候補にあがっていた曲の中には監督のお気に召すものがなく、もともと霧弥さんにお願いしたかったらしいのですが、お忙しそうだと遠慮されていたのを、やはりここはぜひとも霧弥さんにと…」
「俺は出かけるってっだろ? とっとと出てけよ」
言葉を尽くしたところではなっから相手にしないという態度で、霧弥は言った。
「大体、俺はああゆう汚らしいのが嫌いなんだよ。あの、小林ってジジイ、口なんか聞きたくもねえ」
霧弥は吐き捨てるように言った。
年齢三十二歳、タッパは良太よりあるし、シャギーの入ったきれいな栗色のロン毛を後ろで結び、無精ひげもルックスの良さにハクをつけるハンサムガイだ。
おそらくプレミアのついたヴィンテージジーンズ、シンプルなTシャツ、履き慣れた感のあるスニーカー、これも実は値段の張るものだろうブレスレットと指輪にペンダントをさりげなく着こなし、確かに仕草のひとつひとつさえサマになっている。
ちょっと鋭い目は実力に裏打ちされたプライドをはっきりと物語り、誰が見てもカッコいい男なのかもしれない。
だが。
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