小夜子にしてみれば、あの小林千雪ですら「千雪ちゃん」であり、猫を「みーちゃん」と呼ぶように、要するに可愛いものを呼ぶ時のそれだ。
間違っても義弟の京助をちゃん呼ばわりはしない。
末の義弟涼に対しても。
良太の知っている限りでは、彼女の三人の子供たち、それから猫やら犬、そして千雪と、何故か、お宅に伺って以来、良太ちゃん、なのだ。
「あ、そうだわ。先日パリで見つけたタイ、すごく可愛いのがあったの。今度差し上げるわね」
「あ、はあ、ありがとうございます」
何故、彼女にすると、俺、良太ちゃん、なんだ?
「良太」
くだらないことに頭を悩ませている良太を工藤が呼んだ。
「緊急な打ち合わせだ、ちょっと抜けるぞ」
良太を促すと、たったか工藤はパーティ会場を出て行く。
「おっと、良太ちゃん、これ」
慌てて工藤に従おうとした良太は、紫紀に呼び止められてカードキーを渡される。
「ああ、緊急だからね、うちでミーティングに使っている部屋が上にあるから、そちらへどうぞ」
「はい、ありがとうございます」
あれ、確か前は、紫紀さん、良太くん、だったよな?
「タカヒロ!」
二人が出て行こうとするのを目ざとく見つけたルクレツィアの声がして、また新たに増えたくだらない疑問を頭に浮かべていた良太は振り返った。
「ルクレツィア、いいところへきた、紹介しよう、弟の京助だ」
絶妙なタイミングで現れた京助は、いきなり紫紀にルクレツィアを紹介されて苦々しい顔を隠そうともしない。
会場をあとにした良太はカードキーを握り締めて、工藤とともにエレベータに乗り込み、紫紀に言われた階数のボタンを押した。
ところが、いつのまにかその一階下のボタンを押していた工藤は、ドアが開くと同時に良太の腕を引いてエレベータを降りてしまう。
「ちょ、工藤さん、ここじゃなくて、上……」
訝しがる良太の腕をつかんだまま奥の部屋の前に立つと、工藤はポケットから別のカードキーを取り出して、ドアを開けた。
「何だよ、打ち合わせじゃなかったのかよ、何考えてんだよ!」
広いベッドの上にばふんと放り出されて、良太が喚く。
高級ホテルのスイートルーム。
ひんやりとした空調の冷気が外の暑さを感じさせない。
まさしく宝石箱をひっくり返したような夜景がほの暗い部屋を取り囲んでいる。
「んなもん、口実に決まってるだろ」
「悪党! だましやがったな!」
「うるさいガキだな。いつまでもお前がスネまくってるからだろ」
こういうときの工藤はもはや良太ごときでは太刀打ちできない。
「エロオヤジ! いっぺん死ね!」
必死に工藤の上着を掴んで抗いながら悪態をつく唇も、やけに扇情的な口付けにやがて流される。
同時に、男の眦に湛えた凶暴な光に射すくめられたように畏怖を感じて、良太の身体に戦慄が走った。
時折見せられるそんな怖さの前には逆に良太はもうどうにでもして状態になってしまうのだ。
息が上がって、身体の中で覚えのある疼きが走り回り、工藤の胸を小突いていた良太の拳にも力が入らなくなる。
「……工藤…っ!」
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