「おう、怪しいもんじゃないぞ。よろしくなあ、ナータン」
グラスを二個持ってきて良太が向かいに座ると、小笠原は缶ビールと一緒にジャックダニエルズを袋から出してトンとテーブルの上に置いた。
「氷あったかなぁ」
冷凍庫をのぞくと、かろうじてアイスボックスに氷ができていた。
「猫、こんな暑い部屋においといて、大丈夫なのか?」
エアコンの温度を下げながら小笠原が聞いた。
「ここほら、上の窓もあるから、窓開けて風通すようにしとけば平気。網戸入ってるから間違って落っこちることもないし」
「さっき二十八度あったぞ? 俺んちなんか、猫のために夏なんかガンガンエアコンかけっぱなしだぜ」
「え、猫なんか飼ってたか?」
良太から氷を受け取ると、手際よく小笠原はグラスに入れ、ボトルのウイスキーをとぷとぷと注ぐ。
「実家。犬とかも暑いとうちの中でまったりして庭にも出ない」
「慣れの問題じゃないのか? 前住んでたボロアパート、エアコンなかったし。それに獣医の先生も二十八度くらいでいいっつってたから」
買ってきたつまみやサンドイッチを袋を破いてテーブルに並べながら、小笠原は「そういうもん?」と聞く。
「うーん、毛の長さも関係あるかな、こいつ短毛だし」
「そっか。で、社員になったから越してきたのか、ここ」
「……まあ」
ふいに部屋の話題にもどり、良太はちょっと躊躇しながらこたえる。
「家賃安いのか?」
「……まあ」
「五万くらい?」
「いや、俺は昔よりは給料あげてもらったし、もっと払うって工藤に言ってんだけどさ」
「何だ、まさかもっと安いって五千円とか?」
「……三千円プラス光熱費?」
ウソのつけない良太はボソリと言った。
「ほお……ほとんどそれはタダってやつね? なるほど~」
小笠原は強い酒をコクコクと飲みながら、妙に感心した声をあげる。
「いいんじゃねー? タダなんて、俺もここ越してこようかな」
「何言ってんだよ」
良太はフンっと笑う。
「俺だって、前の事務所の社長にギャラ全部使い込まれて、一時は文無しだったんだぜ? 十分社員寮入る条件だろうが」
それを聞くと、良太はちょっと眉をひそめる。
「なんだ、知ってたのかよ、俺がここに来たいきさつ」
「ああ、鈴木さんに聞いた」
いい人なのだが、おしゃべり好きは今に始まったことではない。
それにそのおしゃべりで、良太が情報を仕入れられる分には随分ありがたいのだ。
まして良太自身のことは隠すほどのことでもないし、鈴木さんも社員以外にぺらぺら喋るようなことはしない。
ちょうどこの会社に入社した頃、良太が親の借金を背負い込んで、たちの悪い連中に追い回されていたことを知った工藤が、全額肩代わりしてくれて、良太はこの部屋へ猫ごと強制的に引越しさせられた。
工藤への返済分として毎月給料から引かれているはずだが、どうもそれがあやふやな気がして、経理の鈴木さんに確かめたことがあるのだが。
「大丈夫よ、ちゃんと返済されてるから」
そう言うだけで、彼女も詳しいことは教えてくれない。
いや、返済をごまかされているというわけではなく、逆に手取りの金額が、本当に返済されてこんなに残るのか? というほど、破格に多過ぎるのだ。
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