夏が来る1

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 夏が来るのか。
 音楽室の窓を開けると、生徒たちのシャツやセーラー服の白さとともにはじけるような笑顔が飛び込んでくる。
 眩しいなあ。
 和田響は陽の光にも目をすがめて窓から離れた。
 空梅雨なのか、ここ数日晴天が続くにつれ、樹々の緑が濃くなっていくようだ。
 この町に戻って初めての夏になる。
 正規教員ではないからか、どこかしら生徒たちと同じ目線で物を見てしまう響の中には、生徒たちと同じ浮き立つような気分があった。
「キョーちゃん、今度の土曜、来るんだよな?!」
 いきなりドアが開いて、汗だくになったユニフォームを着た生徒が喚いた。
 生徒と同じ目線というのは、特に母校であるこの高校に就任当初から関わっているこの生徒の影響は大かもしれない。
 大学卒業と同時に渡欧し、言葉もままならなかった頃から、響は周囲の人間の言葉や仕草を模倣するやり方でコミュニケーションを図ってきた。
 昨年の秋、祖父の葬儀のために十年ぶりで戻ってきた響は、帰郷していることを聞きつけた恩師である音楽講師田村から、入院するから後を頼むとばかりに急遽母校の講師を受けることになってしまった。
 そんな時知り合ったのが、たった今までサッカーボールを蹴っていた、響には悔しいことに見上げざるを得ない三年の三島寛斗だ。
 寛斗が猫のにゃー助を迎えることになったきっかけでもあり、音楽部員でもあったせいで、今までの習性から響は寛斗の言動を知らずコピーしてすっかりため口をきくようになっていた。
 最初は生徒になめられないようにしようと構えていた響だが、お陰でキョー先生はまだいい方で、大抵キョーちゃん呼ばわりだ。
「ああ、けど、お前んち大丈夫なのか? 大勢押しかけて」
「うちは全然平気。楽器とか鳴らしても全然OK」
 夏休み前に追いコン、三送会やろうぜ、と先週末音楽部のミーティングに現れるなり言ったのは寛斗だった。
「送られる側のあんたが言うことじゃないでしょ?」
 部長の瀬戸川琴美に窘められながらも、「誰が言おうがやることは同じじゃん」などと悪びれもせず寛斗はニタニタ笑っていた。
 この二人実は最近付き合い始めたばかりだが、二年の時から同じクラスで、ああいえばこういうな関係性は変わらない。
 ちょっとした変化があったとするなら、これまで親が医者だからと何となく医学部志望だった寛斗が、同じく医学部志望しかもT大確実と言われている瀬戸川と同じ大学は到底無理だが、都内の大学を目指して真面目に受験勉強を始めたことくらいだろうか。
「響さん、土曜日、車、取ってくるんですよね」
 ドアが開いて顔を覗かせたのは、この春物理の教師として赴任した井原渉だった。
「残念でした、土曜はうちで追いコンやるんだよ」
 響が答えるより先に、寛斗が文句を言う。

 


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