夏が来る14

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 向井聖子、それこそ井原と響ではないが、十年前、高校二年の元気がつきあっていた一学年上の文芸部長だった。
 当時の元気は今の寛斗に輪をかけてあちこちの部を掛け持ちしていた。
 サッカー部にスキー部という体育会系から音楽部にそして文芸部だ。
 バンドは部外で他校の生徒とも組んでいたこともあったが、音楽部は名前だけの幽霊部員で、学園祭などにだけ顔を出すわけだ。
 文芸部もてっきり名前だけと思いきや、元気は結構真面目に文章を書いて季刊誌に乗せたりしていた。
 本名の岡本元気で書いていたエッセーもどきとは別に、宮沢賢治補なるペンネームで詩などを寄稿していたのが、今のGENKIの曲の元にもなっている。
 当時は部員もさして多くなく、ほかにもペンネームを使い分ける部員も何人かいた。
 だが、宮沢賢治補が元気だと気づいた者は向井だけだった。
 それを機に何となく付き合い始めたのだが、豊満ボディの美人な先輩には、卒業と同時にあっけなく別れを告げられた。
 向井の画像を見た元気は、そんなことを思い出した。
 田坂はホテルに帰っていったが、元気の店『伽藍』に椅子等々を運び入れた面々にはさすがに疲れが見られた。
「元気、何か飲ませろ」
 井原と響と東と豪は、店のテーブルに椅子を戻すと、カウンターに陣どった。
「俺も疲れてるんだぞ」
「他に誰がうまいコーヒーを入れてくれるっていうんだよ」
 井原の押し気味な要求にも自分も飲みたいこともあって、元気は仕方なく人数分のカップを用意する。
「それで? 向井女史とはほんとに示し合わせてたんじゃないのかよ?」
 井原がまたその話を蒸し返す。
「だから向井さんの卒業と同時に振られてそれっきりだっての」
 少しイラっとしながら元気は答えた。
「振られたってことは、元気には未練があったんじゃないのかよ」
 ムスっとした顔でそれまで黙っていた豪が聞いた。
「あのなあ、もう十年も前の高校時代の話だぞ」
 元気は答えたが、「この二人前にして、それってあんまり説得力ないよな」と東が言った。
 確かに目の前にいる井原と響は十年前の初恋を今実らせたカップルだ。
「それに、秀喜と江藤先生もなあ」
 東の呟きに元気は眉を顰める。
「俺に十年物の何とかを当てはめんな!」
 さすがに元気が怒っていると知ると、井原も豪も首を縮こませる。
 カウンターに並ぶ四人にコーヒーを出しながら、「それより来月の江藤先生らのマリッジパーティの方、いい加減決めろよ」と元気が言った。
「そうだ、ピアノ、アップライトだけど上田楽器の上田さんが貸してくれるってよ」
「上田?」
 井原の話に、響が聞き返した。

 


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