自分のことをマスコミに取り沙汰されたくないというのもあるが、響も穏やかに今の生活を続けていきたいのではないのか?
この人、あまりそういうこと考えてもいなさそうだけど。
元気は井原と話す時嬉しそうに笑う響を見て思った。
元気の店を出た響と井原は、追いコンがこんなにうまくいくとは思わなかったなどと語らいつつ響の家に向かっていた。
「英雄ポロネーズ、感無量だった」
井原が言うと、「俺は瀬戸川と寛斗の『G線上のアリア』がよかったな」と響が言った。
「寛斗もほぼミスタッチなかったし、下手くそなりに瀬戸川に合わせようっていう意気込みがあった。それに、今日の瀬戸川の演奏、マジで演奏家としても最上級の演奏だった」
「もったいない、っていうのは瀬戸川には無用なのかな」
「うーん、でも人生長いし、T大出の医者で演奏家って人いるよ」
「ほんとに?」
井原が響の顔を覗き込む。
「ああ。そういえば、うちの高校、一応進学校だからか、去年も医大生志望女子と私大志望とのカップルがいたんだってさ。元気が言ってた。文芸部長と副部長で、この春仲良く東京の大学受かったらしい」
「へえ。まあ、医者の子どもとか教師の子どもとか多いよな。うちの高校」
井原が一人頷く。
「寛斗も浪人覚悟とか言ってたが、何とかどこかの医大受かればいいけど」
「あいつは、スタートダッシュが遅かった分、これから人の倍もやらないと受からないぞ」
響は笑う。
「でも、いい親だよな、寛斗の両親。放任主義っていえばそうかもだけど、頭ごなしに勉強しろとか言わないし、医大も受からなくても事務方でもやらせればとかって」
音大進学を告げた響に、そんなとこを出ても浮き草稼業が関の山だなどと頭ごなしに反対した父親と、どうしても比べてしまう。
「だって、響さん、ロンティボーも優勝したピアニストじゃないですか。たまたま今は高校の教師を押し付けられてるけど、ちゃんと認められてるんだから、胸張ってくださいよ」
まるで響が今考えていたことがわかったかのように、井原が言った。
俺はお前に認められているだけで嬉しいけどな。
こっそり心の中で思いつつ響は笑みを浮かべる。
これから響の家に寄ってにゃー助の世話をしてから、一緒に井原の家に行くことになっていた。
「にゃー助も連れて行けばいいのに」
響がにゃー助のご飯を用意したり、トイレを掃除したりするうち、おもちゃでにゃー助を遊ばせていた井原がボソッと言う。
「夜とか連れ出したら、ギャン泣きするからダメ」
一人で留守番させることを考えると、響もできれば連れて歩きたいところだが。
一度井原の家に連れて行ったことがあったが、トイレやおもちゃ持参だったからか、さほど抵抗はなかったようだが、連れていくまで、キャリーケースの中でギャン泣きされた。
それに、大っぴらに井原の家に響が行くことも何となく憚られ、夜の闇に紛れてならと思ってしまうのだ。
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