誰がどこで見ているかもわからない、しかも男同士だ。
荒川は、生徒にしっぺ返しを食らって以来、どうやら井原を避け、今度は数学教師に近づいているらしい。
何より周りに響と井原のことを吹聴する気はないようなのは有難いと響は思う、今のところはだが。
二人は離れを出ると、和田家を囲む塀の裏側に設置されたガーデンゲイトから道路へ出た。
近くのコインパーキングに停めている井原の車に乗り込むと、井原の家に向かう。
「やっぱ何かテイクアウトしてこうよ。小腹が空いてきた。響さん、何がいい?」
「うーん、ワイン飲むんなら、チーズとかウインナとかポテチとか、つまみでいいんじゃないか?」
「まだスーパー開いてるよな」
井原は大型のスーパーへハンドルを切った。
「俺が買ってくるよ」
井原が駐車場に車を停めると響がそう言って車を降りる。
「あ、アイスもよろしく」
なるべく陽気そうに井原は言ったものの、店に入っていく響の後姿を目で追いながら、うーん、と窓に腕をかけて唸る。
響が二人一緒でいるところを誰かに見られることを警戒しているとわかっている。
特にこんな小さな町で高校教師などやっていれば生徒はそれなりにいるし、こちらが知らなくても向こうは知っているという保護者がどこにいても不思議ではない。
男女で一緒にいるよりはまだいいかも知れないが、それでもおそらく荒川のことがあったから、響はかなり気にしているのだ。
誰か一人でも二人一緒のところを見て画像でも撮られたら、SNSならあっという間に拡散してしまうだろう。
「やっぱ、教員とか早々に見切りをつけて、何とか響さんをこの街から連れ出すのがいいのかな」
東京の喧騒は好きではないが、雑多な人間が集まっている場所なら、男二人で夜出歩いたところでどうってことはないだろう。
だが、井原は自然が手に届く静かなこの街の暮らしも捨てがたかった。
響の場合、引っ越すとなるとピアノの移送が大変だろうが、東京郊外などに一軒家でピアノを数台入れられるような物件を探せば一軒や二軒はみつかるだろう。
もともと響は祖父の葬儀でやって来ただけで流れでこうなってしまったと言っていたし、父親との折り合いも悪いようだから、この街を離れることには抵抗はないかも知れない。
流れでか。
あの人、割と流される性分だって自分でも言ってるもんな。
この関係も流れ、なんだろう、おそらく。
まあでも、流れだろうが何だろうが、俺はもう、あの人を手離すつもりはないからな。
知れたら知れたで、その時に考えればいい。
井原は響を待つ間に、そんな覚悟を新たにした。
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