夏が来る3

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「はい、心配しなくても、キョー先生と井原先生にはゲストとして演奏をお願いしています」
 瀬戸川がざわめきをびしっと締める。
「あの、うちの親とかも聞きにきたいって言ってるんですが」
 一年生男子が恐る恐る挙手して言った。
 これまでこの受験校では存在感の薄かった音楽部だが、コンクールで三位に入った途端、演奏を聴きたいというリクエストがあちこちから上がり、そんなことならコンクールについていけばよかったという保護者からの声もあった。
「そうですね、どう? 寛斗、あの広さなら、二十人くらいはいける?」
 瀬戸川は寛斗を振り返った。
「うーん、もちょい、三十人くらいまでなら何とかいけるんじゃね?」
 市内でも知られた代々医師の三島家が経営する三島医院は、病院の隣に大きな屋敷を構えている。
「むしろうちの親が楽しみにしてる。キョーちゃんのピアノ」
「はあ?」
 響は怪訝な顔で寛斗を見た。
「親二人とも医者しかやってこなかったから、ろくに趣味も楽しみもないし、父親、誘われてゴルフとか始めたんだけど、てんでへたっぴだし」
「お前、医者なんて大変な仕事だろうが。親が一生懸命やってきてくれたお陰で、お前がそんな口叩けるってことだぞ」
 だが、自分で言いながら、ブーメランだな、と響は思う。
 レッスンや大学、留学の費用やらを出してくれたのは祖父だったが、曲がりなりにも高校までは、折り合いの悪い父親が出してくれてたわけで、それに対して響は感謝の言葉一つ口にしたことはない。
 中学の時に大好きな母が出て行ったのも、父親や祖母のせいだと思っていたから、響はとにかく早く家を出ていきたかった。
 高校を卒業して以来一度も帰省しなかったし、自分を嫌っていた祖母の葬儀にも帰らなかった。
 その代わり、祖父とはビデオ通話でよく話したし、祖父はヨーロッパにいる響を訪ねて来てくれた。
 田村のちょっと強引な誘いでもなければ、この町で折り合いの悪い父親の家でまた暮らそうなどとは思いもよらなかっただろう。
「明日か明後日、追いコンやる前に寛斗んちに音楽部代表としてご挨拶しておかなきゃね」
 反省会を終えて部員を返したところで、瀬戸川が言った。
「え、やっと付き合ってますって親に紹介するん?」
 寛斗がニタニタと笑う。
「親に耳、診てもらった方がよくない? 私は追いコンの前に音楽部代表としてご挨拶しとかなきゃって言ったよね?」
 瀬戸川はきっぱりはっきりと訂正した。
「だったら俺も一緒に行くよ。いくら広くてもリビングをお借りするんだし、顧問が一言もないってわけにはいなかいだろう」
 二人の会話を聞きつけて響は言った。
「ですね、それは助かります。それに、実際三十人は入れるとして、椅子とかどうする?」
 瀬戸川はカーテンを閉めながら寛斗に聞いた。
「椅子か。うち中からかき集めてみるし」
 参加する保護者の人数は当日前に瀬戸川に報告することになったが、立ったままというわけにはいかないだろう。

 


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