「響ちゃん!」
美晴は響の姿がエントランスに現れると、ラウンジから立ち上がって手を振った。
昔からちょっと天然の入った物怖じしない無邪気さを持っている人だった。
響は足早に美晴のもとに向かった。
目の前に立つ美晴は、響にはまったくあの頃と変わらなく見えた。
長い髪をハーフアップし、サーモンピンクのスーツを着た美晴は笑顔で響を迎えてハグした。
「まあ、大きくなって」
「お母さん、昔のまんまだ」
もっと気の利いたセリフを考えていたつもりだったが、二人の会話はそんなものだった。
響がコーヒーを頼んでから、しばらくお互いを見つめ合っているだけで二人とも次の言葉が出てこなかった。
「響ちゃん」
「お母さん」
そしてまた同時に口を開いて、二人でまた笑った。
「お母さんからどうぞ」
すると美晴は、フフフと少女のように笑った。
「やっぱりちょっと大人になった」
「ちょっとじゃないです。俺、もうアラサーですよ」
「そうだったかしら。大きくなったけど、全然可愛い」
そう言って美晴はまた笑う。
「可愛いは厳禁です。せいぜい生徒たちにバカにされないように去勢張ってるんですから」
「そうそう、高校の先生なんですってね? なんか不思議。響ちゃんが生徒に教えてるなんて」
「俺自身今でも不思議ですよ。お爺さんのお葬式に戻ってきただけだったのに、高校の恩師だった田村先生が、入院するから代わりに講師やってくれっていきなり頼まれたんです」
「そう? でも随分生徒さんに慕われてるみたいじゃない?」
そうか、寛斗のお母さんからの情報か、と響は合点する。
「寛斗のお母さんとはずっと連絡取り合ってたんですか?」
「ええ、果歩さん、すっごいいい方でしょ?」
「こないだ、三島さんの家で音楽部の追いコンをさせていただいた時初めて会いました。一家総出でいい人ですよね」
すると美晴はまたコロコロ笑う。
「いい人過ぎて騙されたりしたこともあるらしいから、その分、娘さんたちがしっかりしてらっしゃるんですって」
「お母さん、ずっとニューヨークにいたんですか?」
響はさりげなく切り出した。
「ええ、もっと勉強して音楽に携わっていきたいって思って。勝手なお母さんで、ほんとにごめんなさい」
会えなくなって長い年月が経っていたし、謝罪ならその分の重みもあってしかるべきかも知れないが、美晴に恨みとか怒りとかを最初から持っていなかった響には、それで十分だった。
「だって、祖母さんとか酷かったし、お母さんは何も悪くないよ」
響はぼそりと言った。
「あの方はご病気だったから仕方ないのよ。その分、お義父様はほんとによくしてくださったの」
「お祖父さんとも連絡取ってたんだ?」
響は聞いた。
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