夏が来る40

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「寛斗さん経由で果歩さんが送ってくださったのよ。生徒さんたちの演奏もよかったわ。寛斗さんと一緒にチェロを弾いた方、音大に進むのかしら? 人を感動させるとても素敵な演奏だったわ」
 それを聞くと響は笑った。
「残念ながら、彼女は医学部志望なんだ。でも、チェロも続けた方がいいし、本人も続けるつもりらしいよ」
「あらそう。続けていければいいわね」
 美晴の昔と変わらない明るさは、響を幸せな気分にさせた。
 祖母の嫌味にも響は猫のようにいちいち反応して威嚇体勢になっていたが、美晴は右から左へ抜けてしまうのではないかと思うほど、表面上は言い返したりもせず、ちょっと笑ってもう次のことを考えているといった風だった。
 俺って母さんじゃなくて、オヤジに似たってことかよ。
 そんなことを考えていた響に、美晴が、「そういえば」と言った。
「響ちゃん、井原くんと付き合ってるんですって?」
 さっきの音大に進むのかしら、というのと変わらない調子で美晴が聞いた。
 えっと、響は美晴を見たが、その内容を咀嚼するまでしばしの時間を要した。
「慧さんが言ってたから」
 にこにこと美晴は言った。
 また、響が、えっと固まっている時だ、後ろの席でガタガタと音がしたので、思わず振り返った。
「ちょ、お前ら、何やってるんだよ!」
 そこに約二名ほど、知っている顔を見つけて響は声を上げた。
 二人は観念したように立ち上がると、「いや、ちょっとな」「こいつが気になるから一緒に来いって言うから」と口々に言う。
「あら、井原くんと元気くんね?」
 美晴に声を掛けられた二人は、まさか名前を知られているとはと顔を見合わせた。
「果歩さんがビデオで教えてくれたのよ。響の母の美晴です。よろしくね」
 クスクス笑いながら言われた二人は、「初めまして、井原渉です」「岡本元気です」と姿勢を正して自己紹介した。
「せっかくだから、こっちにいらっしゃい」
 美晴に言われた二人は叱られた子供の用にすごすごと響たちのテーブルにやってきた。
「何だよ、二人ともガキみたいに」
 ついつい言いたくもなるというものだ。
「えっと、響さんとお付き合いさせていただいてます。よろしくお願いします」
 井原はテーブルにつくほど頭を下げた。
「こちらこそ。って、私、母親を放棄してしまった人だから、えらそうなことは言えないんだけど」
 美晴はそう言いながらも嬉しそうに微笑んだ。
「えっ、ってことは、オヤジさん、怒ったりしてないってこと?」
 井原は懸念していたことを口にした。
「慧さん? 怒ったりはしてないと思うわよ」
 美晴はちょっと小首を傾げて言った。
「でもほら、慧さんが怒ろうが、響ちゃんと井原くんのことだもの」
 何というか楽観的なセリフに、井原と元気はまた顔を見合わせた。

 


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