夏が来る5

back  next  top  Novels


「高校生でも入れる価格設定ですけど、まあ、美味しかったですよ」
「よっしゃ!」
 井原は拳を握って頷いた。
「響さん、魚、苦手だっけ?」
「え、うーん、イワシのベッカフィーコとかじゃなければ平気」
 そんな会話を続けている二人に、「お先に失礼します」とまだクスクス笑いながら瀬戸川が生徒用の玄関へと向かう。
「お疲れ様、気を付けて」
 響は姿勢も正しく歩いていく瀬戸川に目をやって、俺らよりずっと大人って気がする、と改めて思う。
 それに、瀬戸川が私らと同じと言ったように、自分だけでなく、井原もかなり生徒たちと同じ目線で行動しているような気がする。
 まるで、井原と響が、生徒たちに交じって十年前にできなかった時間を追っているかのように。
「いいのかなあ」
 バーニャカウダや牛肉のトリアータに舌鼓をうって、パルミジャーノレッジャーノのパスタを平らげたところで、響がぼそりと言った。
「何が?」
 井原に顔を覗き込まれて、つい、響は眼をそらす。
「だから……、俺ら、行動パターンが生徒らと同じ」
「古今東西、老若男女、一緒に飯食うのは同じです」
 逡巡する響に、井原は速やかに返答する。
「ただし」と井原は響の方へ顔を寄せて響の指に触れながら、「そのあとのあれとかこれとかは俺らの特権」とこそっと囁く。
「お前……」
 途端、ぶわっと顔の温度が上昇し、手を引っ込めた響は周りに人がいる手前無暗に反論もできない。
 というより、あの引っ越しの日、井原とそうなって以来、井原に触れられるだけで響はもう自分がコントロールできなくなった。
 父親も荒川も誰もかれも教師も高校も何もかもが吹っ飛んで、ただ井原だけしか認識できなくなる。
 抗うことすらできずにただ溺れるばかりで、遅まきながらこれが本物の恋なのかとあらためて頷かざるを得ず、響は自分をどうすることもできなかった。
 それは響だけでなく、井原もまた週末の土曜日ごとに響と食事をしたあとは当然のごとく自分の部屋に響を連行し、外れた箍は元に戻ることもなく、ただ朝になると響は愛猫のにゃー助のことが心配になって少しばかり我に返るので、井原は、今度はにゃー助も一緒に連れてこようなどと言い出すのだ。
「そういえばさっきの話、追いコン、三島医院でやるって」
 井原が思い出したように言った。
「いや、医院じゃなくて、寛斗んちのリビング。かなり広いって瀬戸川情報」
「保護者も聞きたいっての、わかるけど、椅子まで寛斗に用意させるってわけにもいかないでしょ」
 確かに、寛斗は送られる側でもある。
「いい案があるんですよ」
 そういう井原の顔には、何かを企む時のいたずらっぽい表情が浮かんでいる。

 


back  next  top  Novels

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村
いつもありがとうございます