そんな井原の中身は、高校時代と何ら変わりがないようにみえる。
ちょっと待ってて、と言うと、井原は席を立って店の隅の方で携帯で誰かと電話をしていた。
「万事OKです」
やがて戻ってきた井原は得意げに言った。
「何がOKなんだよ」
「今度の土曜日、出張営業やらないかって、元気に持ち掛けてみたんです」
「ええ?」
響はちょっと眉をひそめた。
「つまり、せっかくの演奏会に、お飲み物なしじゃさみしいじゃないですか。椅子を借りる代わりに三島医院でコーヒーと紅茶を販売しないかって」
「また、無茶ぶりしたんだろ」
「や、元気もたまにはそういうのも面白いかって言ってましたよ?」
「ほんとかあ?」
響は調子のいい井原を訝し気に見やる。
「美味しいお菓子は俺が差し入れします」
うまく人を動かすことにかけては天才的な能力を発揮するのも昔とまったく変わっていない。
響が卒業した後のことだが、近隣の高校と合同でのフェスというのも、井原の口八丁に乗せられた連中が気が付けば動かされていたというのが本当のところではないかと、響は思う。
ただし、やるからには成功させるのが井原のすごいところだ。
「お前、物理学者より政治家のが向いてるんじゃないか?」
響の当てこすりを「おほめに預かり光栄です」などと井原は笑う。
「ほめてないし」
店を出ると、響は携帯で瀬戸川を呼び出した。
「え、すごーい! その発想、さすが井原先生!」
瀬戸川は元気の出張営業兼椅子の調達の話をすると、手放しで喜んだ。
「明日、何人くるのかわかるはずなんで、お知らせします」
「うん。寛斗にも言っといて。うち中の椅子を搔き集めるとか言ってたけど、さすがに申し訳ないし」
「わかりました!」
ちょっと前なら、響が直接寛斗に連絡をしていたところだが、瀬戸川と付き合い始めてからは、何かあればまず瀬戸川に話を通すことにしている。
響が赴任して間もなく、寛斗が響に告白してきた経緯があったことで、瀬戸川がしっかりしているとは言っても、ちょっとした心情の揺れが成績や受験に響かないとも限らない。
「やっぱ、あのクソガキ! 響さんに告白とか、千年早いわ!」
何気なく言っただけなのに、井原はメチャ怒った。
「いや、半分冗談だと、相手にしてなかったんだけど」
響は怒りが収まらない井原を宥めにかかる。
「当たり前でしょ」
響の家の前まで送ってきた井原は、街灯を離れた暗がりで怒りに乗じていきなり響の唇を奪う。
「おい……誰かきたら……」
一旦離れたものの、「来ませんて」と根拠なく断言して井原はまたキスする。
「…このまま響さんのベッドになだれ込みたい……ダメ?」
「ダメに決まってるだろ……」
否定する響の言葉も説得力に欠ける。
back next top Novels
にほんブログ村
いつもありがとうございます
