夏が来る7

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 下手をすると本当にベッドまで直行しそうになるのをやっとの思いで響は井原の胸に手を当てて押し戻す。
「やっぱり響さん、俺より思いが足りないんだ」
 拗ねるような言い方で井原は響を見下ろした。
「この不良教師! 明日も授業だろうが!」
 正教員の井原は講師の響と違って明日も一限目から目いっぱい授業が入っている。
「教師より前に人間ですからね~、不良上等じゃないですか」
 まだぐずぐずと文句を言う井原を見て、響は、こんな田舎で、男同士で、といういつぞやの荒川の言葉を思い出さずにはいられない。
 荒川に脅された件は生徒たちの思いもよらない行動に救われたものの、言われたことは事実でもある。
 闇に紛れたつもりのキスでも、どこにどんな目があるかわからない。
 多様性などといっても通用しない人間などいくらもいるのだ。
「じゃ、また明日」
 響は井原から離れて裏門を開けた。
 表の門扉は錆びて軋む音がするので、車がおしゃかになって以来、もっぱら響は離れに近い生垣の間にある裏木戸から出入りしている。
 井原は響が離れのドアを閉めるまでその場に立っていたが、ようやく踵を返して家路についた。

  

 土曜日は梅雨の合間の晴天となり、街の北側に広い敷地を持つ三島医院の母屋には、午後から開催されるイベントのために朝から人が行き来していた。
 先々代が開業して以来街では三島医院といえば知らぬものがないくらいで、特に近年亡くなった先代の勝子先生は八十歳まで現役で周辺の住人に慕われていた。
 勝子は夫亡きあと一人で医院を支え、都内の大学病院に勤務していた外科医の息子健一がやがて内科医の妻果歩を伴ってこの街に戻り、病院も建てかえて大きくなり、現在は長女の美奈が大学病院の医師、長男で高校三年の寛斗が医大を目指すという三島家はよくある医者の一家である。
「ったくお前は人使い荒いよな、昔っから」
 軽トラに積んだ椅子を降ろしながら元気が文句を言うと、井原はへらっと笑う。
 午後からのイベントのために、井原の提案で元気の経営する喫茶店から椅子を運ぶべく、元気と東、それに昨夜東京から戻っていた豪も駆り出されていた。
 いろいろな準備のことがあり、結局響の車を見に行くのは今回はやめた。
 三島家の母屋は幾度か改築され、イベントを開催できるほどの広さがあるリビングには、何かというと昔から街の名士が集っていたもので、今回のイベント、高校の音楽部の追いコンをやりたいという寛斗の要望も軽くOKが出た。
 それも追いコンというよりミニコンサートの様相を呈してきたため、気がいい両親は喜んで場所を提供してくれた。
 何しろ、受験を控えた三年生とはいえ、最近寛斗が付き合っていると紹介したのが、学年一の優等生でT大医学部合格圏内と言われている瀬戸川琴美だったから、両親は舞い上がってしまった。

 


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