花のふる日は39

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   ACT 7
 
  
 

 軽井沢に着いた時はすっかり夜になっていた。
 ここまで来ると季節が逆戻りしたように空気がひんやりとして、千雪は時間までがゆっくり過ぎているような錯覚に襲われた。
「またちょっと、お世話になります」
 出迎えた平造に千雪は頭を下げた。
「気兼ねなくどうぞ。向こうでの用は済みなさったのかね」
「はい、まあ」
 済んだというか、妙な展開だと千雪は苦笑する。
「食事はどうされます?」
 既に八時を過ぎている。
「裏の店が開いてるようだったから、行ってみる。行くぜ、先生」
「あ、ちょっと連絡してから行きますわ。電話借ります」
 千雪は東京で連絡する暇がなかった高梨に電話を入れた。
 高梨はずっと待っていたようで、千雪が侘びを入れると、原稿はさほど問題ないが明日には校正紙が出るので宅配便で送ってもよいかという。
「すんまへん、明日、俺宛の宅配便、ここで受け取らせてもろてもええです?」
 千雪は平造に尋ねた。
「構いませんよ」
「おおきに」
 住所はメールすると高梨に告げて千雪は電話を切った。
「今夜は冷えるな、先に休んでいてもいいぞ」
 工藤は平造にそう声をかけて屋敷を出る。
 平造のことを工藤は大事にしているのだと、千雪は何となく思う。
 そういえば、この男も天涯孤独なのだ。
 伯父や親戚が組の人間で縁を切っているとしたら、この平造だけが家族ということなのだろう。
 家族はいないが、まがりなりにも原の伯父一家や四国には父親の妹である叔母や従兄弟がいる自分とは、比べ物にならないくらいきつい環境かもしれない。
 警察からはどうやら要注意人物とされているらしいし。
 男の背中について歩きながら、ふとそんなことを思った千雪は、つい男に同情してしまったことに慌てて首を振る。
 っと、忘れるとこやないやろ、こいつエロ強姦魔やいうこと!
 歩いて五分ほど、工藤が連れて行ったのは、洒落たイタリアンレストランだった。
 『ラ・カンパネッラ』という名を掲げているように、パガニーニが流れる店内はさほど広くはないが、テーブルがゆったり余裕を持って配置され、居心地はよさそうである。
 カウンターに数人と奥のテーブルに一組の客がいるが、それぞれ静かに各々の時間を楽しんでいるようだ。
「お久しぶりです、工藤さん」
 注文を取りにきたのは、黒長エプロン、イタリアンだとグレンビューレをした長身の男である。
「ああ、最近結構話題になってるようじゃないか」
「ネットの口コミとかで広めてくれるのはありがたいんですけどね。時々大騒ぎしていく若いもんがいたりして」
「何が若いもんだ。自分もちょっと前までその仲間だったくせに」
 男は笑った。
「だから今、身に沁みてるんですよ。ゆっくり食事を楽しみにきてくださるお客様にはいい迷惑だなと。ま、いずれもお客様だから、無闇なことは言えませんけど」
 男と工藤は軽口がたたけるような知り合いらしい。
「きゅうりの酢漬けにシーフードサラダ、タラの煮込み、チーズの盛り合わせを頼む。お前は?」
 工藤は向かいの千雪に聞いた。
「ほな、小海老のカクテルとトマトとモッツァレラチーズのオムレツ、お願いします」
「それだけか? 腹が減ってるだろ、ピザもひとつ頼むか、マルゲリータ。それとフラスカーティ一本」
 千雪の返事も待たずに工藤はオーダーする。


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