花のふる日は40

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「かしこまりました」
 どうやらこの店のオーナーらしい男は笑みを浮かべて奥へと去った。
「プリンはいいのか?」
「今はええです」
 小ばかにしたような聞き方の工藤に、千雪はちょっとムキになる。
 宮島教授の話から察するに、工藤は三十をいくつか超えたくらいだろうが、随分大人という感じがする。
 一国一城の主、社長ともなると違うのだろうか。
 いろいろ、経験豊富やからな、オヤジは。
 いや、さっきの男もオーナーというだけあってずっと自分より大人に見えるというのは、やはり自分がまだ地に足がついていないということか。
 千雪がグタグタと思いを巡らせているうちに、先ほどの男が来て工藤のグラスにワインを注ぎ、「つい昨日届いたばかりですが、おすすめです」と言った。
「うん、わりと辛口だが、これならお前も飲めるだろ」
「ワインくらい飲めますよ」
 ニヤニヤと笑う工藤に、千雪は眉を顰めて言い返す。
「ああ、あとでプリンをひとつ」
 ワインを二つのグラスに注いで戻ろうとする男に工藤が言った。
「やから、俺は今日はええて………」
「いまさら遠慮なんかするな」
 工藤は千雪の言うことなど意に介さない。
「それと俺には」
「マイヤーズ、いいの入ってますよ」
「おう、頼む」
 ガラス張りの窓の外は、先ほど東京から戻る時に通った道路が街灯に照らされているが車はたまにしか走らない。
 道の向こうは鬱蒼とした森が強くなってきた風に大きく揺れている。
「とりあえず、契約を祝して乾杯といこう」
「祝杯あげるほどのことでもない思いますけど」
 グラスを合わせて、千雪もワインを口にする。
「ほんまや、飲みやすい」
「だったら、いくらでも飲んでいいぞ」
「ワインは飲みすぎると悪酔いしますから、ほどほどにしときます」
 千雪がそう言うと、フンと工藤は鼻で笑う。
 またバカにされたようで、何か言い返そうとしたところへ、料理が並べられた。
「美味いわ、これ」
 さっき工藤と男が話していたが、こんな奥まったところにある店でもこれなら評判になるだろうと、千雪はアンティパストの小エビのカクテルとオムレツを平らげた。
 工藤はキュウリの酢漬け、イタリアン風に言えばソットアチェートだが、それと魚の煮込み料理というイタリアンでも和風っぽいものでワインを飲んでいる。
 そういえば、今朝、俺がダイニング言った時、おっちゃん、ご飯に味噌汁とかの後片付けしとったな。
「なんだ、食うか?」
「いえ、顔に似合わず和風なんやなと思て。まあ、年取ると、くどいもん苦手になるみたいやけど」
 思った通りを千雪が口にすると、工藤はまたニヤリと苦笑する。
「生きがいいのは俺も嫌いじゃないが、ムッツリモッサリネクラで評判のミステリー作家が、実は減らず口を叩きたがるばかりのガキだとはな。よほど根気強い男らしいな、京助は。お前みたい面倒なガキのお守りをしたがるってのは」
「うるさいな、京助のことなんか持ちださんでええわ!」
 笑う工藤は、千雪をからかって面白がっているとしか思えない。
 それにしても、いちいち工藤の言うことは、千雪を頷かせる。
 子供の頃からずっと高校卒業まで、思えば、研二はずっと千雪のお守りをしてくれていたのだ。
 ええ加減、うんざりしてもしゃあないよな………
 どのみち京助も、いつか研二のようにうんざりするのは目に見えている。
 もう五年、やもんな……

 


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