ACT 2
久しぶりに訪れた原の家では、伯父や伯母、それに小夜子がいつものように千雪を歓待してくれた。
一家と千雪とで夕食に中華を食べに行き、家に戻ってきて、今度は小夜子の焼いたケーキをデザートにいただくことになっていた。
「千雪ちゃん、お待たせ! 絶対美味しいわよ」
フリルのエプロンで自作のケーキを掲げて現れた小夜子は相変わらずきれいだが、天然な性格がともすると敬遠されそうな美しさに可愛らしさを加えて、おっとりすんなり育った正真正銘のお嬢様という雰囲気は相変わらずだ。
「ほんまや、美味いわ」
ケーキを一口食べて千雪が言うと、小夜子は「でしょ?」と得意げに笑う。
「そりゃ、美味しくできるまで、どれだけ失敗作を食べさせられたと思う?」
「やだ、ばらしちゃだめよ、お母さん」
最近髪に白いものが目立つようになってきた伯母の正子の言葉に、小夜子が口を尖らせてちょっと睨む。
「いやあ、私もしばらくチーズケーキは遠慮したいかな」
小夜子によく似た目元を細めて、伯父の俊一郎が紅茶をすする。
「そんなに作ったん? チーズケーキ」
千雪も笑いながら小夜子に聞いた。
「前に函館で食べたチーズケーキの味がどうしても出なくて、ちょっと頑張ったのよ」
小夜子の言葉はしばしみんなの顔から笑顔を取り上げる。
そうだ、ここにも未だ癒えることのない悲しみが存在したのだ。
千雪は小夜子の心を思いやる。
「お茶、いれなおしてくるわ」
二年の歳月は当の小夜子にそれでも何とか少しずつ笑顔を取り戻させたようだ。
千雪が大学三年の時、ちょうど推理小説で賞を取ったり、事件に巻き込まれたりして大騒ぎされた秋に、小夜子は以前からつき合っていた記者の川村猛と結婚した。
だがたった一年余りで、二人の幸せは崩れ去った。
取材先の中東で戦渦に巻き込まれ、猛は命を落としたのだ。
気丈に振舞う小夜子よりも父母が憔悴し、正子は一時寝込んでしまったほどだ。
「おお、お前、何か太ったな、トラ」
千雪の座るソファにのっそり現れたトラ猫が飛び乗ると、ちゃっかり千雪の膝に納まった。
続いてトラ猫より一回り細い、黒と白の柔らかい毛とグリーンの瞳が印象的な美猫が後を追うように飛び乗ると、静かに傍らにまるくなる。
「仲ええな、お前ら、相変わらず」
「やっぱり最初にお世話になった千雪ちゃんのことは特別なのかしら。この子たち、お客様には滅多に寄っていかないのよ」
ポットにお茶を入れなおして戻ってきた小夜子が言った。
「ただ、俺がここにお邪魔する回数が多いからいうだけやない?」
拾った仔猫をしばらく面倒見ていたものの、アパートでは飼えないということでこの家に預けたのだが、案外、家族の悲しみを和らげる緩衝材になっているのかもしれない。
「だから、いっそのこと越してきたらって言ってるじゃない。離れは独立してるから、執筆の妨げにもならないわ」
「そうよ、自由に使っていいのよ? ご飯はうちで食べればいいんだし」
伯母も小夜子に同調する。
「そうやなぁ……」
いつもそう言ってくれるあり難い思いやりを断り続けてきた千雪だが、ここにきてそれもいいかな、などと思えてきた。
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