花のふる日は46

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 本格的に映画製作の始動に向けて動き出した工藤は、配給会社やスポンサー回りの上、ドラマのスタジオ撮りに立会い、またしても下手な芝居を目の当たりにして怒る気も失せるほど疲れきっていた。
 その工藤を待っていたという客がコートを着たままで立ち上がった。
「きさま、千雪をどこへやった!?」
 こちらもイケメンを返上、無精髭も情けなさ極まれりと明らかに憔悴しきった顔で京助が唸るように言った。
「誰かと思ったらお前か。性懲りもなく、まだそんなことを言っているのか? そのうちストーカーだとかで通報されても知らんぞ」
「うっせぇんだよ! どこへやったと聞いてるんだ!」
 からかい半分の工藤に京助は声を荒げた。
「フン、いつもの伊達男ブリが台無しじゃないか。千雪には最後通牒言い渡されたんじゃないのか? 諦めの悪いヤロウだな」
「貴様に言われる筋合いはない!」
 案外、と工藤は京助の目を見て思った。
 案外こいつ、まともに考えているのかもしれない。
「しつこいのは嫌われるだけだぜ?」
「千雪はどこにいる?」
 工藤の揶揄に反発するでもなく、京助は切り返した。
「とりあえず、千雪の意向も聞いてみてからにしたらどうだ?」
 それには京助は何も答えず、睨みつけてくる。
 仕方なく、工藤は携帯で軽井沢を呼び出した。
「俺だ。先生はいるか?」
 だが、平造の答えは意外なものだった。
「小林さんなら、先ほど実家に戻られると言って出られましたが」
「車でか?」
「いえ、列車でと言ってました」
「何時頃だ?」
「五時過ぎでしたが」
 工藤は携帯を切ると、京助を見た。
「実家に戻ったらしいぞ」
「実家?」
 怪訝そうな顔で京助は聞き返す。
「先生の行動はお前にも把握できないようだな」
 工藤はニヤリと笑う。
 京助はすると苦々しい表情のまま「邪魔したな」とコートを翻し、オフィスを出て行った。
「あの方、風邪でも召してらっしゃるんじゃないかしら。何だかお熱がおありのようでしたよ」
 二人の言い争いの間もだまって仕事を続けていた鈴木さんがポツリと言った。
「そうでしたか? ま、大の男だ、ちょっとやそっとじゃ倒れやしない」
 さて、どう転がるか、高みの見物といくか。
 工藤は面白そうに笑みを浮かべた。
 
   
 
 
 さすがにこの熱で車を運転するのは、しかも京都まで飛ばすのははばかられた。
 風邪でぶっ倒れるなど、京助にしては大いに珍しいことだった。
 鬼の霍乱か?
 京都に向かう新幹線の中で、京助は自虐的に笑った。
 工藤の言うとおり、自分でも嫌いなヤツにしつこくされたらイヤに決まっている。
 りっぱにストーカーだろうことも重々わかっているつもりだ。
 時間を置いてとも考えたが、どうしても動かないではいられず、焦燥感に追い立てられるように熱をおして工藤のオフィスを強襲した。
 二十数年も生きてくれば、ここぞという場面が一つや二つは誰しもあるだろう。
 タラシ等々周りから言われてはいるが、京助の持つ様々な状況のせいで勝手に女が群れてくるだけで、当人はその実不器用な男なのだ。

 


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