花のふる日は49

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 父親の一周忌以来、菩提寺の住職に任せきって墓参りすらしていなかった親不幸な息子だが、駆け落ちまでした両親は実に仲がよかったから、あの世で二人きりで幸せにやっているのではないかと千雪は思っている。
「やっぱ、母さん、寂しうて親父のこと呼んだんやな、きっと」
 仏壇に手を合わせてから、明日は墓参りに行こうと思いながら千雪は呟いた。
 キッチンに行き、電気ポットに水を入れてセットすると、コンビニで買ってきた弁当をテーブルに広げた。
 ティーバッグのお茶を買ってきたのだが、平造のいれた美味いお茶のあとでは随分味気ない。
 マグカップを持って居間へ行き、自分の定位置だったソファに座ると、東京だと騒々しすぎる気もしてここにきたにもかかわらず、寂しさとも何ともつかない感情が千雪を支配する。
 今までは京助という存在が、千雪に独りであることを忘れさせてくれていた。
「これが現実なんや」
 しっかりと受け入れなくては。
 研二や江美子の幸せそうな姿を平然と見る元気はまだない。
「ったく、根性なしやな、俺」
 そういえば、高校の卒業式の後、クラスメイトや部の仲間がわんさかこの家に押しかけて大騒ぎだった。
 卒業という開放感と新しい旅立ちへの希望で、研二も江美子も菊子も三田村も自分も、みんな笑っていた。
 五年前のことだが随分遠い出来事のような気がする。
「あんなこと、もうないやろな……」
 静けさの中、そんなことを考えて厭世的になっていたその時、玄関のチャイムが鳴った。
 訪れる客などないはずだと訝しく思いつつも千雪は玄関の戸を開けた。
「いやぁ、やっぱりホンモノや、千雪くん」
 唐突に現れたのは、まさしくその場には不似合いといえる、艶やかな芸妓だった。
「え……あの……」
「いややわ、うちや! 宮田のおっちゃんが千雪くん見かけたて、あれは絶対千雪くんやいうし、もしやと思て、門から覗いたら明かりついてるし」
 戸惑う千雪に、芸妓はそう言ってハハハと笑う。
「その声………ひょっとして、菊ちゃんか?」
「遅いわ、気ぃつくの、今は菊千代姉さんどすえ」
「うわー、久しぶりやなぁ、それにえらい変わりようや」
 江美子や研二と同じように幼馴染みで、江美子とは仲良く一緒に短大に行った大友菊子だ。
 芸者の置屋の一人娘で、高校卒業と同時に舞妓になり、女子大生と共にもう一つ別の世界を楽しんでいる、と江美子が結婚する前に千雪を訪れた時、話だけは聞いていた。
 子供の頃から踊りが好きで、高校時代には既に日本舞踊の名取になっていたはずだ。
「えらい変わりようは、千雪くんの方やないの。作家さんになったかと思たら、名探偵、と思たら、何やとても同一人物とは思われへん人相風体が噂になって、しかもこないだ、変な事件あったやろ? この界隈でも一時期大騒ぎやってんよ。ニュースでもまるでその変な名探偵が犯人やいわんばっかやし、あのアホアナ! 大体、何なん? あれは!」
 菊子に問い詰められて、千雪は苦笑いしか出てこない。
「いや、アホなんは警察や。まあ、ええやん、犯人捕まったみたいやし」
「やから、何なん? あのヘンテコな人相!」
 艶然とした芸妓姿で菊子が詰め寄ってきて、千雪は思わず後ずさる。

 


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