花のふる日は50

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「ああ、あれはやな、ほんまは名探偵金田一耕輔目指したんやけどな、さすがにハカマやと歩きにくいし」
 千雪は当たり障りのない言い訳をする。
「ふーん、江美ちゃん、結婚式の前日、会いに行ったやろ? その時、千雪くん見て吹き出してしもたて言うとったけど」
「ああ、ハハ……江美ちゃん、元気? 今はもう沢口屋の若おかみやもんな」
 すると菊子は千雪にきつい視線を向ける。
「千雪くんのアホ!」
「へ………」
「やから、何で江美ちゃん、帰すんや! 結婚式の前日やで?! そしたら花嫁さらって逃げるんが相場いうもんや!」
 千雪はうっと言葉に詰まる。
「……相場? なんか?」
「そうや!『卒業』て、うちのお母ちゃん昔から好きで、イヤって程見せられてん。もうこれしかない、て、江美ちゃんのお尻叩いて、東京に送り出したのに、一人で戻ってくるんやもん」
 そういえば、江美子が帰った後、京助も似たようなことを言っていた。
「新幹線のホームで帰り際に手紙渡されて、結婚のことわかったんはそれ読んでからやし。そうかて、江美ちゃん、幸せなんやろ?」
 ふと菊子の言葉に、千雪は何となく不穏なものを感じた。
「幸せなんかであるわけないやん。家のための結婚やし。店が傾きかけてたとこへ、取引先の会社社長の三男坊が江美ちゃん見て気に入った言うんやけど、婿はん、えらい遊び人でうちらの世界だけやのうて有名で、沢口のおっちゃんも知っとったはずや」
 思いがけない話に、腕組みをしてじっと聞いていた千雪は知らず眉をひそめる。
「そいつ、今も遊んでるんか?」
 すると菊子はふうと一つ大きな溜息をついて頷いた。
「あかんわ、あのアホボン。ここだけの話、うちの梅千代ちゃんにまでちょっかい出しよって」
 拳を握り締めて菊子は言う。
「うーん、一つ二つはったおして、根性叩きなおしてやりたいとこやけど、ガキの頃ならまだしも、俺がしゃしゃり出ていくわけにもなぁ」
 菊子はそんな千雪を見つめて微笑んだ。
「店、お陰で立て直したみたいやけどな」
「それやったらもうこっちのもんやし、とっとと、そんな婿はん、追い出したったらええんや! ………て、いうわけにもいかんかなぁ」
「議員さんが外国のお客さん招いての今夜のお座敷、その若旦さんも来やはるみたいやけど、そのうちぎゃふんと言わせよ思て、作戦、考えてるんよ」
 捲くし立てるように話してから、菊子はお座敷の時間だと慌てた。
「あ、千雪くん、二、三日はいるんやろ? ほなまた」
 バタバタと着物姿のまま小走りで帰っていく菊子の後姿を見送りながら、千雪は腕組みをしたまま、しばし突っ立っていた。
 江美子の結婚にそんな事情があったなんて、考えもつかなかった。
 さっきは勢いに任せて、そんな婿は追い出せなんて口にしたものの、江美子のことにそれこそ自分の出る幕などない。
 江美子のことなら小さい頃からよく知っている。
 華奢で一見はかなげに見えるが、その実、自分などよりよほどしっかりしているのだ。
 江美子には江美子の考えがある。
「今さら俺が口を挟むような筋合いはないわな……」
 それにしても驚いた。
 菊子もすっかり別の世界に行ってしまった気がする。
 変わっていく。
 何もかも。
 俺も前に進まな……。
 疲れもあってうつらうつらしていた。
 友人やら警察やらいろんな顔が夢に現れては消えた。


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