花のふる日は52

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   ACT 9
 
   
 広くもない廊下を歩く京助より、古い家の鴨居は低い。
「ああ、そうだ、土産」
 少しばかり新しくみえるドアを開けて京助を招き入れると、京助は手に提げていた紙袋を差し出しながら、「京都土産だが」と付け加える。
「……おおきに」
 紙袋を覗くと京都の造り酒屋のロゴが入った純米酒の箱と生八橋が入っている。
 ドアの傍にあるコートハンガーに京助から受け取ったコートを掛け、振り返った千雪は、リビングのソファに所在無さそうに座る京助に、どういうつもりだとまたきつい言葉をぶつけそうになってやめた。
 いつもの自信に満ちた、俺様なオーラも伺えず、風邪が相当悪いのではないかと千雪はやつれた感のある横顔を見やる。
 この家は典型的な古い和風家屋だったが、ダイニングを兼ねたキッチンと続きの居間、母のアトリエと二階にある千雪の部屋は、千雪が中学に上がった頃にフローリングにした。
 駆け落ちして母がこの家に来た頃、父親が母のために買ったピアノはひっそりと京助の座っているソファの後ろにあったが、今は随分小さく感じる。
 父がいた頃は毎年調律してもらっていたが、ここ数年蓋を開くこともなかったから、ちゃんと調律しないと音はまともではないだろう。
 夕食のあとは家族でリビングのソファに座り、たわいのないことから政治や経済のことまで語り合ったものだ。
 母が亡くなってからもその習慣は変わらなかったし、父親の大学の学生らが入れ替わり立ち代わりしょっちゅう集まってきて、千雪はその仲間に入ることは滅多になかったが、賑やかな日々があった。
 千雪が東京に出てからもそれは変わらなかったようで、たまに帰省すると、母が亡くなってから来てもらっていた家政婦の倉永さんがその様子をよく話してくれた。
 陽気で世話好きな倉永さんには、今でも時折家の掃除や管理を頼んでいるので、たまに小言と一緒に電話ももらう。
 時節の挨拶はかかさないし、旅行の土産など折にふれて送ってくれる。
 ポットのお湯が沸くと、千雪はさっき買ってきたティーバッグでお茶をいれ、京助の前に置いた。
「熱あるんやないか? ほんまに病院行った方がええんちゃう?」
「俺も一応医者の端くれだからな。病院なんか行く必要はない」
 茶をすすり、強気なことを言う京助だが、目は潤んでいるし、やはりどう見ても体調は悪そうだ。
「腹は? 出前かなんか取るか?」
 十時前だからまだ大丈夫かな、と柱の時計を確認しながら千雪は聞いた。
「そうだな……。うな重がいい。お前の分と二人前頼んでくれ」
「聞いてみる」
 一番近い店は九時で出前は終了していたが、もう少し先の店が受けてくれた。
 何となく会話もなく気詰まりな気がして、千雪は廊下を挟んだ和室に入って押入れから布団を一組引っ張り出した。
 さっきはどこかのホテルへ行けなどと言ってはみたものの、明らかに具合の悪い相手をこんな夜遅く放り出すわけにもいなかいだろう。
 しかも雨脚はさきほどより強くなっている。
「しけってはないな」
 布団の匂いを嗅いでみて、千雪は呟いた。

 


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