花のふる日は54

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「え……犯人、渋谷さんの同期やったんか?」
「聞いてなかったのか? らしいぜ。お前に言われて、お前以外にアドレスを知り得たやつがいたことに気づいたんだとよ。一緒に飲んでいた時、お前から携帯にメールをもらったことをそいつに話して、テーブルに携帯置いたまま席を立った時、そいつが勝手に見たんだと」
 今さらながらに辛らつに詰ったものだと千雪は思うのだが、撤回するべくもなく、そういう話を聞いてみれば少しばかり渋谷に同情しないではない。
「昔なじみの医者が島岡組関係の売人とつるんで患者相手にヤクを売りさばいてたとこへ、ギャンブルで借金まみれになってたその刑事を引き入れて、応酬したヤクに手を出させたと」
「で、その刑事が後輩の刑事に気づかれて殺したわけか」
「医者も口封じをして、クソオヤジの事件に便乗してお前に罪をなすりつけようと小細工をしたって、胸くそ悪いお粗末な話だ」
 吐き捨てるように言うと、京助はソファに凭れかかったまま腕組みをして目を閉じた。
「向こうに布団敷いたよって、行って寝たらええ」
 前髪は額に落ちているし、見るからに具合が悪そうで、千雪は眉を顰めながら促した。
「おや、ご親切に俺を泊めてくださるのかな?」
「ふざけんと、さっさと行き」
 すると京助はふらりと立ち上がり、「んじゃ、お言葉に甘えて」とドアを開けた。
「何か、欲しいもん、あるか?」
「そうだな、水、くれ」
 振り返った京助が言った。
「わかった、持ってくから、ちゃんと寝ろよ」
 襖が閉まる音を聞いてから、千雪は、以前、自分が風邪を引いた時、京助がポカリスエットを飲ませてくれて、それを飲んだら、翌日はもう熱が下がっていたことを思い出した。
 手をつけていないひつまぶしを冷蔵庫に入れ、器やカップをシンクに持っていくと、コンビニでポカリスエットを買って来ようと外に出た。
 傘を広げて近くのコンビニを目指して歩き始めたが、雨はまだやみそうになく、道路にはあちこち水溜りができている。
 コンビニは研二の実家である和菓子処「やさか」の前を通り、歩いて五分ほどだ。
 既に十一時を過ぎ、閉まっている店を横目に、千雪はコンビニに着いた。
 ポカリスエットのボトル二本とインスタントコーヒー、牛乳や新聞と、熱冷まし用のシートなどを買ってレジに立った時、ドアが開いて、大柄な男が入ってきた。
「待ってったら、研二さん」
 続いて傘をすぼめながら入ってきた若い女を、千雪は振り返った。
「何や、お前は来んでもええんや。第一、走ったりしたらあかんやろ」
 それは千雪のよく知っている声だった。
 そして、その優しい声は、かつて自分に向けられていたものだったのに。
「牛乳が切れてたのよ。呼んだのに気づかないんだもの、研二さん」
 初めて見た研二の妻は、はっきりした気性が見て取れる美人で、身重だった。
 千雪は慌ててレジを済ませると、研二に悟られないよう大回りをして逃げるようにして店を出た。
 バシャバシャと水溜りに足を取られながら、千雪は走った。
 あれは俺の知ってる研二やない!
 もう、違うんや!
 もう、俺は心を向けてはあかん。
 絶対に。
 ………京助! 京助! 京助………!!
 助けてくれ……!
 もう、立っていられへん………!
 ……京助……行かんでくれ!
 俺を置いて行くな…………!
 いつの間にか辿り着いた自分の家の門に捕まるようにして、千雪は荒い息を吐いた。
「………随分……勝手やな、俺って……」
 千雪は自分を嘲笑う。

 


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