花のふる日は55

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 全く笑えてくる。
 結局、体よく京助を利用してるだけや。
 研二の中にはもう俺の存在などないて、とっくにわかっていたはずや。
 だが、頭では理解しているものの、突きつけられた事実が切り裂いた心の痛手は思った以上に深いものだったようだ。
 傘が手を離れ、ずぶ濡れになりながらも動くこともできず、しばらくそうして立ち尽くしていた。
「……研二に手ぇが届かんことがわかったら、自分で遠ざけたくせにまた京助にすがろうやなんて……ほんま、自分でも呆れるわ……」
 もし、京助が出て行ってしまっていたらどうしよう、そんな不安にかられて駆け戻ったのだ。
 膝がガクガクしてまともに動けない。
 ようやく、気を取り直した千雪は、放り出した傘を拾い、門を開けた。
 鍵を開けて家の中に入ると、千雪は上がり口に腰を降ろして濡れたスニーカーを脱いで立ち上がる。
 振り返った途端、千雪はいきなり抱きすくめられた。
「……京助……?」
「……行くな……」
「え……?」
「……俺を置いて行くな! 千雪!」
 ぎゅっと力任せに抱きしめながら、京助は千雪の耳元で唸るように言った。
「……どないしてん……京助」
 いつも傲慢な京助の、まるでらしくない台詞に、少なからず千雪は動揺した。
「熱があるのに、布団に戻り、京助。俺、ずぶ濡れやから、シャツ、濡れるて」
 京助はようやく千雪を離したが、案の定、自分のシャツも濡れてしまった。
「あぁあ、濡れてしもたやないか……。今、着替え探すよって。せや、ポカリ、買うてきたから、ちょ、待っててや」
 千雪はバタバタとコンビニの袋をキッチンのテーブルに置き、牛乳とポカリスエットを一本冷蔵庫に入れる。
「確か、この辺に……あった」
 父親の部屋へ行き、箪笥を探してみると、大き目の浴衣が見つかった。
 父親の教え子が家に上がり込んで、父親と酒を飲みながらああでもないこうでもないと激論を交わし、そのまま泊まって行くようなこともよくあったので、母親が用意していたのだ。
「京助、これなら着られるやろ。ポカリとカップもここ置いとく」
「……悪いな…」
 千雪が浴衣と熱冷ましのシートやポカリを持って行くと、シャツを脱いで裸で布団に足を突っ込んでいた京助は苦笑いした。
「上着とか、皺になるやんか。ハンガーに掛けとくからな」
 傍らに脱ぎ捨てられた上着とズボン、それに濡れたシャツを持って千雪は襖を閉める。
 よほど具合が悪いのだ。
 あんな大人しい京助は京助ではない。
 濡れた服を脱ぎ、シャワーを浴びて身体を温めながら、千雪は心の中で呟く。
 でも京助の腕に抱きしめられた時、キリキリと締め付けられるようだった心が少しだけ浮上した。
 ほんまに、俺って、調子ええやつ。
 苦笑いしながらTシャツとパンツを着ると、濡れた髪にドライヤーを当てて乾かしてからキッチンに行き、ポカリスエットのボトルを取り出してカップに注いだ。
「けど、明日も熱下がらんようやったら、やっぱ病院行かな」
 子供の頃から行きつけの医院なら近いし、意固地になっている京助を何としてでも連れて行こうと決めて、千雪はキッチンの灯りを消した。

 


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