花を追い15

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「谷川さん、かなり具合悪そうですね」
 電話からも谷川の容態が伝わってきそうだ。
「おう、どうも、今朝から頭熱い気がして薬適当に飲んだんだが、よくならねぇどころかかなり熱上がった気がしてな。今、奈々、CMの撮影中なんだが、六本木のMスタジオ。インフルかもしれねんで、タレントにうつすわけにいかねぇから、ほんと、すまねぇんだが……予防注射は打ったんだが、別のやつかもしれねぇ」
「わかりました。谷川さん、ご心配なく、すぐに病院行ってください。奈々ちゃんの方は任せてください」
 すまなそうに言う谷川を励ますように良太は景気よく言った。
「ほんっとすまねぇ! 自己管理不足で申し訳ねぇ」
「谷川さんもここんとこかなりハードだったし、気にしないで下さい」
「すまん……」
 受話器を置いた良太は、すぐに画面に向かい、社員やタレントのスケジュールを確認したが、案の定ただでさえ猫の手も借りたい社内事情なのだ、簡単に動けるような者は誰もいない。
「谷川さん、どうかなさったの?」
 鈴木さんがキーボードの手を止めて心配そうに声をかけてきた。
「どうもインフルかもしれないって」
「まあ、この春、まだインフルエンザ根強く流行してるみたいなのよね、谷川さん、ここのところすごくお忙しそうだったし」
 鈴木さんのゆったりした口調に、焦りながらリュックにタブレットを放り込んでいた良太は一つ深呼吸した。
「すみません、俺しか動けないみたいなんで、これから奈々ちゃんとこ行ってきます。それでお願いがあるんですが、明日のドラマのプロモーションの出席確認、なんですが」
「もちろん、大丈夫よ。良太ちゃんも慌てないで気を付けてね」
 良太からリストを受け取りながら、鈴木さんは言った。
「わかってます。行ってきます!」
 車のキーをつかむとリュックを肩に引っ掛け、オフィスを飛び出した。

  

 スタジオから出てきた奈々は良太を見つけて驚いた。
「え、やっぱり! 谷川さん、何か、顔色悪いなって思ってたんだけど」
 後部座席で奈々は泣きそうな声で言った。
「二人とも最近ちょっとハードだったからな。休みもなかったし」
「私は今日のオーディションが終われば、二日はオフなんだけど、谷川さん、ずっと私のことばっか気にかけてて、自分はあんまり寝てなかったみたいなんだよね……」
「インフルだったら奈々ちゃんにうつしちゃまずいと思ったんだよ」
「ごめんなさい、谷川さん………」
 さらに声が小さくなっていく奈々をバックミラーで見て、良太は笑った。
「オーディション、頑張れってさ、谷川さんから」
「……うん、頑張る」
 ついに涙をあふれさせた奈々が手の甲でそれをぬぐう。
「こらこら、何も死んじゃったわけじゃないんだからさ、あの人、鬼の霍乱じゃないのか? 超丈夫な人だし、鍛えてるし。ただ、インフル、AもBも流行ってるみたいだからなー。奈々ちゃんも気をつけろよ」
「うん。気をつける」
 人に言えたものではない。
 しょっちゅう風邪を引くのは良太の専売特許みたいなものだ。

 


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