「そうですか? その割にはあれやこれや面白いことを嬉々として考え出す名人じゃないですか、藤堂さん。大体、藤堂さんなんか別にあくせく仕事しなくても十分暮らしていける人なのに」
「財はあってももともと親の財だからね、俺のものじゃないからね、やはりしっかり仕事をしてご飯を食べるというのが当たり前のことだ、うん」
「はあ」
いかにもな正論だ。
それにしても藤堂や河崎やそれに工藤なども、実に今仕事をしなければ明日はご飯が食べられないくらいな様相でキリキリ仕事をして、社長です、などとふんぞり返ってゴルフやら夜の接待やらに興じている連中とは一線を画している。
「藤堂さんら英報堂にいてはった頃は、恵まれたエリートなんかに負けるもんか根性で、みんな頑張ってましたけどね」
佐々木が言うと、藤堂は苦笑いする。
「誰しも人に対する羨望は多少なりともあるってことかな。才といえば………、良太ちゃん、俳優やってみる気はまだない?」
ハハハと空笑いして、良太はまたかと一つため息をつく。
「いい加減その話題を藤堂さんの頭の中から削除してもらえるとありがたいです」
「残念ながら、今ここで削除してもあちこちにバックアップしてあるからねぇ」
藤堂は自分のこめかみ辺りを指でつつく。
と、また良太のポケットで携帯が震えた。
まさかまた沢村じゃないだろうな、と取り出して画面を見た良太は、工藤、の文字に慌てて立ち上がる。
「はい、お疲れ様です」
「そっちはどうだ?」
良太は襖を開けて廊下に出た。
「あ、今のところ何も問題ありません」
久し振りに聞いた工藤の声に心なしか声が上ずってしまう。
「そうか。明日、夕方の五時に成田に着く」
「五時ですね、わかりました、迎えに上がります」
何だか、やっと帰ってくるという感じだった。
問題もないとは言ったものの、実際は何とかなったからで、良太にしてみれば何かとわんさかあったのだが、今ここで話すことでもない。
いつものごとく、頼む、くらいでそっけなく切られたが、やっと工藤が帰ってくるというのは嬉しかった。
「何かいいことがあった?」
座敷に戻るとさっそく藤堂が聞いた。
「え、あ、いえ、別に」
そんなに顔に出ていたのだろうか、と良太は表情を引き締めた。
「そうだ、打ち上げ、いい店を見つけたんだ」
帰りの車の中で藤堂が言った。
「まだ仕事始まってもないですよ?」
良太は呆れてハンドルを握る藤堂を見た。
「楽しいことは早めに計画しておかなくちゃね」
相変わらずお茶目なことを口にする藤堂だが、洞察力の鋭さは良太もよく知っている。
さっきも工藤に会えるのを喜んでいることを見透かされたに違いない。
藤堂さんって、やっぱあなどれないよな。
会社の前で降ろしてもらい、ちょっと手を振って去っていく濃紺の車をしばし見送りながら、良太は改めて思った。
午後は三時からスポンサーの一つである保険会社Sホールディングスの広報課長と打ち合わせが入っているが、戻ってくれば外出の予定はないので、明日の坂口ドラマの打ち合わせに備えて資料に目を通しておこうと思いながら、オフィスのドアを開けた。
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