「Hello」
相手は海外だろうか。
どうやらオーストラリアで決まったというCM制作の話のようだ。
「これもう、片づけますね」
工藤は一人前食べたか食べなかったかくらいで、ほぼ、寿司は良太の腹の中に納まっていた。
最後の一つがもったいないので、パクっとやって、良太は器やグラスをキッチンに持っていく。
「良太、上の部屋、あったまってるぞ。片付けなんか明日にしろ」
工藤がキッチンに向かう良太に声をかけた。
東京と比べたら確かに夜は冷え込んでいる。
「はーい! 俺も風呂、入ろっと」
平造には気の毒だが、思いがけず訪れた工藤とのこんなのんびりした時間が嬉しかった。
風呂に肩までつかっていた良太は、うっかりうとうとして頭から湯船に突っ込みそうになって慌てて身体を起こした。
「っと、あぶね……」
風呂から上がっても工藤はまだ部屋には上がってきていなかった。
初めてこの別荘に来た時は奥の部屋に連れていかれたのだが、いつぞや刺されて怪我をした時、しばらく療養させてもらってからここに来ると大抵この部屋を使っている。
だから前に来た時に忘れていったシャツや下着なんかもチェストにまだ入っていた。
大きなベッドが二つ並ぶこの部屋はゲストルームとして作られたようで、高い窓からは平造が丹精した裏庭がよく見えるのだ。
上には奥に工藤の部屋ともう一つはこの部屋と同じような作りになっている。
階下にはリビング、ダイニングキッチンと工藤の曾祖父母が昔寝室として使っていた広い部屋を少し改装して二、三人くらいなら楽に滞在できるし、他に八畳ほどの部屋が一つと物置にしていた部屋を改装して今は平造の部屋になっていた。
工藤の曾祖父はかなりな財産家だったらしく、この屋敷は古さだけでなく大きさもその辺りの別荘とは格段に違うし敷地も広い。
横浜にあったという屋敷も古くても造りは確かななものだったようだが、曾祖父母が亡くなった時、娘であり、工藤にとっては祖母にあたる当時の中山組組長夫人多佳子は相続放棄し、曾祖父母が引き取ったというシングルマザーだった工藤の母も既に亡かったため、財産はすべて工藤が相続することになった。
後見人となったのは工藤家の顧問弁護士森山で、相続税のために屋敷やビルのいくつかを売り、当時祖母の頼みで工藤の世話を引き受けた平造と工藤は大学を卒業するまで、放棄はしたが孫が心配な祖母の提案で山手町に買ったマンションで暮らしていた。
工藤が祖母多佳子と会ったのは、曾祖母の臨終の際、森山弁護士に平造を紹介された、後にも先にもその時ただ一度だけだ。
多佳子は工藤が暴力団に繋がりがあると知られるのを極力避けていたようだ。
工藤が大学を卒業し、MBCに入った頃、大学の先輩である鴻池の勧めで山手町のマンションを売り、高輪のマンションを買ったが、既に工藤が大学に入った頃には平造は軽井沢に移り住んでいた。
工藤の生い立ちについては、良太が折に触れ平造から聞いたものだが、複雑な育ち方をしたものの、ぐれることもなく幸せそうな時代もあったらしいというのは救われるかな、などと良太は思う。
「いやしかし、あのただものじゃないオーラってのは、いったいどっから? 初めて会った時だって、やのつく人たちよりかずっとそれっぽかったし。中山組組長の甥とかって言われてなるほどって納得したぞ、てっきりそーゆー組関係の会社なんだって」
子供の頃から武道を嗜んでいて、大学ではボクシングもやっていたという工藤だが。
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