花を追い30

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    ACT 5
  

 もやもやした思いを胸に抱えたまま、良太は軽井沢に車を走らせると、ひとまず別荘に寄った。
 以前は誰もいない時は車を降りて自分で別荘の門を開けなくてはならなかったが、今は自動開閉システムを利用した門扉に換え、ナンバー認識で開閉するようになっている。
 工藤の曽祖父が作ったという外壁が石造りの年代物の別荘で、土台はしっかりしているが今は平造があちこちを修繕しながら使っている。
 平造の部屋はドアも開いていた。
「お邪魔しまーす」
 誰もいないはずの部屋だが一言そう口にすると、良太は古びた箪笥から着替えを数着取り出した。
 六畳ほどの部屋にはベッドにデスクと椅子、箪笥とその上に書棚くらいがあるだけのつつましやかなものだった。
 デスクの上に小さいテレビが置いてあるが、平造はほとんどテレビは見ないらしい。
 見るとすればたまに落語の番組を見る程度だと聞いていた。
 庭の端にちょっとした菜園を作り、大抵の野菜は自家製で自給自足のように暮らしている。
 吉川とは料理に使う野菜を分けてやったり、逆にこういう野菜が面白いと聞くと自分で作ってみたりというような付き合いをしているようだ。
 年は離れているが、吉川がまだ十代でやんちゃをやっていた頃からの顔見知りだという。
 必要なものを用意すると、良太は吉川に聞いた病院をナビにセットして、すっかり日が落ちた道に車を走らせた。
「なんじゃ、来んでもええと言ったのに」
 良太を見ると開口一番、平造はそんなことを口にした。
 この病院は前の院長が工藤の曽祖父とは懇意で、以前平造に人間ドッグを受けさせたのを機に、背中の彫り物などの特殊な事情から個室を用意してもらうことになっていた。
「そういうわけには………色々ありがとうございます、吉川さん」
「いや、どうせ今日暇だったし、平さんには世話になってるしな」
 平造のベッドの傍らで本を読んでいた吉川は立ち上がった。
 十代の時にバイトで入ったイタリアンレストランで修業をはじめ、ミラノでも数年修行をしてから地元に戻り三十前で店を開いたという吉川は、ひょろっと上背があり、ちょっと見今風のおしゃれな男だが、一国一城の主というだけあって地に足がついている感がある。
「何かほしいものありますか?」
 着替えを引き出しにしまいながら、良太は平造の上掛けを直す。
「いや、ええ」
 アスカのドラマの話や奈々がオーディションに受かって人気脚本家のドラマに出ることになったことなど話しているうちに面会時間が終わる頃になった。
「お前にはお前の仕事があるだろう。屋敷のことはいつも頼んでいる杉田さんに連絡を取ってくれ」
「わかりました。ゆっくり休んで下さいよ。とにかく何か用があったら携帯鳴らしてください。俺、明日はいますから」
 良太がやっと一息ついたのは、駐車場で車に乗り込んだ時だった。
 とるものとりあえず、工藤もほっぽってやってきた良太は、平造の入院という事態に少しパニクっていた。
 小学生の頃、母方の祖父が亡くなった時のことが思い出されて気持ちが重なっていた。
 父方の祖父母は良太がまだずっと幼い頃に亡くなっていたので、父親も無類のプロ野球好きだが、グローブやバットなど買ってくれたり可愛がってくれたのが母方の祖父だった。


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