マネージャーの下山は何やら懸命に二村のご機嫌を取っている様子だが、そういうのがよくないんじゃないのかよ?
二村は良太に返事もせず振り向きもしなかった。
「監督のおっしゃるように動かないと撮影、進みませんからね。今度二村さんが座長を務めるような映画を撮られた時には、二村さんがメインで前面に出ていいかと思いますけど」
すると二村はきっと良太を睨み付けた。
「あんたなんかに、そんなこと言われる筋合いはないわ!」
これでわからないやつはもう悪いけど、降りてもらうしかないか。
良太がふうと息をついて口を開こうとしたその時、背後がざわめいた。
「休憩中のようだったので、お邪魔します」
「わざわざお立ち寄りいただいてありがとうございます」
初老の紳士が秘書を従えて日比野に挨拶していた。
来たかとその紳士を目にとらえて、良太は心の中で呟いた。
この映画のメインスポンサーの一つである大手化粧品会社美聖堂の社長、斎藤の登場だ。
「斎藤さん!」
むくれて座っていた二村がその紳士を見つけた途端、駆け寄った。
「おや、二村さん、頑張っていますか?」
「はい、ありがとうございます!」
スポンサーに媚びる時は飛び切りの笑顔のようだ。
「斎藤さん、お世話になっております」
良太も斎藤に声をかけた。
「広瀬さん、こちらこそ、今回は色々とお世話をおかけしております」
笑顔で良太にそう言った斎藤だが、その間に二村が割り込んできた。
「斎藤さん、この人、桃子の邪魔ばかりするの。そのせいで撮影が全然進まないんです!」
言うに事欠いて、というような発言に、良太も呆気にとられた。
虎の威を借る狐とかいう言葉があったよな。
日比野たちもこれにはざわめいた。
「おやおや、どういうことかな? 広瀬さん」
斎藤の目が眇められた。
「二村さん、できればスケジュール通り監督のおっしゃるように動いていただくと、撮影はスムースに進むんですが」
斎藤がいれば、良太がへいこらすると思ったのかもしれないが、良太はおかまいなく言葉を連ねた。
「ちゃんとその通り、動いたわ!」
「監督が途中でカットをかけた理由、おわかりですか?」
「あたしのせいだって言いたいの?」
二村は激高した。
「撮った画像をご覧になれば一目瞭然ですが、皆さんが一体となって映像になるわけですから、お一人だけ、違う次元の表情をされていると、それだけで画面は壊れてしまうんですよ」
良太は極力丁寧に冷静に説明した。
「だから何で良太なんかにとやかく言われなきゃいけないのよ! この人、あたしに文句ばっかつけて、こんなんじゃお芝居なんかできないわ、あたしもういや!」
良太の言葉に耳も課さず、二村は言いたいことを言う。
「二村さん、今、あなたの側の一存で撮影ができないようだと、それあなたのキャリアについてまわりますから、今後、役が来なくなるおそれがありますよ? あなただけではなく、事務所にも大きな損失になるかと思いますが、それでもよろしいですか?」
良太は静かに宥めるような口調で続けた。
「斎藤さん! もういや! この人辞めさせてよ!」
「この場合、辞めさせられるのはあなたの方ですよ?」
良太が口を開く前に、さすがに堪忍袋の緒が切れた日比野が強い口調で言った。
「何で、私が辞めなきゃならないのよ!」
「何でって、今この場の責任者で全権を有しているのは良太くんですからね。わかりますか? 全権って、全ての権利ってことです」
すると周りからくすくす笑いが起こる。
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