藤堂が新しく入れてくれたお茶を飲んだあと、三人は上のギャラリーに向かった。
「あれ、藤堂、仕事はもういいのか?」
ギャラリーのドアを開けると、絵を見ていた少年があどけなさの残る笑顔で駆け寄ってきた。
「いや、お客さん。君の絵が見たいって」
少年と思ったのが五十嵐悠と知って、佐々木はちょっと面食らう。
既に大学は卒業しているはずだから、二十三歳くらいのはずだ。
童顔では浩輔と張り合うな。
「佐々木さん、五十嵐悠くんです。こちら、デザイナーの佐々木周平氏」
藤堂が佐々木を紹介すると悠は、えっと、佐々木を見上げた。
「佐々木、周平って、あの、天才クリエイターの? マジ? すげ!」
いきなり尊敬の眼差しでこられて、佐々木は苦笑せざるを得ない。
「佐々木さんのこと、知ってんの?」
「あったりまえだろ? デザイナー連中の間じゃ、カリスマだぜ、カリスマ!」
藤堂の問いに悠は自分のことのように威張って見せる。
「だって、君は油絵だろ?」
「気になるアーティストは何やってたって関係ない」
佐々木は藤堂にくってかかる悠ににっこり微笑んだ。
「こちらこそ、新進気鋭の天才画家に会えて感激やわ」
「え、俺は別に天才とかじゃなくて……」
はにかむ悠のようすからは、素直な性格が窺える。
佐々木はひとり腕組みをしながら一つ一つの作品を丁寧に見ていく。
「今年はアクティブだね、画面」
「そうなんですよ、去年と真逆?」
ボソッと佐々木が口にした言葉を聴きつけて、浩輔が絵を見ながら答える。
人間も動物も動きがある。
四階へ続く階段の壁にもゼロ号から三号くらいまでの作品がアクセントのように並んでいた。
「おや、この猫……」
「チビスケです。うちに来てチビスケと遊びながら描いてて」
「仲ええんやな? 随分」
「ええ、悠ちゃん、去年からずっと藤堂さんちにいるんで。たまに、うちでもパソコンの入力とか手伝ったりしてくれてて」
「へえ? そうなん?」
思わず、佐々木は浩輔を振り返る。
言われてみると悠と藤堂とはかなり親しげのようだ。
ふーん、どういう関係かなんて、聞けないが……ほな、藤堂さん、良太ちゃんとは何でもないんかな……。
「俺、森野友香さんの絵も好きで。色とか」
突然飛び込んできた名前に、佐々木はあとから階段を上ってきた悠を振り返った。
「佐々木さんの奥さんですよね? 確か」
驚いたのは浩輔も同じだった。
「ちょ、悠ちゃん……」
「スペインから今年帰国して、確か来年早々、個展やるって聞いて、ぜってぇ見なくちゃって」
「そうか、帰ってきてるんや。彼女とはもう何年も前に別れたよって。意外なところから消息が聞けたな」
佐々木はごく穏やかに笑みを浮かべて絵に戻る。
「え………、すみません……俺、知らなくて」
佐々木の言葉を聞いた悠はさすがに決まり悪そうな顔をしている。
「ああ、気にせんでええよ。もう昔の話やし。個展やるんなら、いっぺん見にいかんとなぁ」
森野友香、などといわれると、不思議なほどその存在が遠くなったのだと佐々木は実感する。
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