重い灰色の空が十一月の終わりを告げていた。
「どうしたの?」
落ち葉が敷き詰められた箱根にある美術館への道を、何かに追い立てられるように歩く佐々木に、後ろから追いついたトモが聞いた。
「いや……別に……ただ、不安なんや。仕事にしたっていつも……これでええんかって……天才クリエイターとか何とか、賞賛やろうが酷評やろうが、周りが何を言おうと、気にしたりせえへんつもりやけど……本当のところどうなんや……て……俺の中の支柱が時々揺らぐ………」
「それ……自分を信じるしかないさ」
何となくトモの本音を聞いた気がして、佐々木は振り返った。
「支柱は、いつも揺らいでいる。周りの声を全て撥ね退けるわけにいかないこともあるからさ。そういう時って、何より自分がわかってるんだ。でも、前に進むしかないし、究極、自分を信じてやらなければ終わりだ」
断言するように口にしたトモの言葉は、佐々木への言葉というよりトモが自分自身に言い聞かせているようだった。
何か大きなものがトモにも圧し掛かっていて、やはりトモもそのことに対して焦りを抱いているのかもしれないと、佐々木は思った。
それが何なのか、佐々木には聞くことはできなかった。
美術館や芦ノ湖を訪れた時、トモがサングラスや眼鏡をしていることに気づいたが、そのわけを追求するつもりもなかった。
「ガッカリするかもよ? 俺のことわかったら」
前にトモが呟いた言葉がふと蘇る。
その時のトモが自嘲するような表情を浮かべていたことも。
漠然とだが、佐々木はトモの正体を知ることが、この二人の説明のつかない関係を終わらせることになるような気がしていた。
佐々木を一番町の自宅前まで送ってきたトモは、降りようとする佐々木を引き戻して唇を重ねた。
深くなる口付けに佐々木はようやくトモの肩を押し戻す。
「ずっと、このまま一緒にいたい」
トモの真摯な眼差しに、佐々木はしばし言葉を紡ぐことができなかった。
佐々木はその言葉に引き込まれそうになるのをやっと制して、車を降りた。
「今度は信州に行こう」
佐々木は「わかった」と答えた。
「お休み」
トモの車が去るのを、佐々木はぼんやり眺めていた。
ずっと、トモと一緒にいたい―――――
佐々木は、今度そう呟いたのが自分の心の声だと気づいて慌てた。
「え………おい、ちょっと待て……俺」
それをもう否定できないこともわかっていた。
「ウ…ソやろ………………?!」
もう一度呟いてから、佐々木は大きく溜息をついた。
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