佐々木は「熱いなぁ」と溜息混じりに言った。
「ああいう情熱、俺には欠けてるなぁ」
「そうかなぁ、佐々木ちゃんは佐々木ちゃんなりに熱くアートしてると思うよ」
直子はしみじみと言った。
「そう?」
「うん。ほら、モーツァルトって、溢れるように音符を書いていったっていうじゃない? 佐々木ちゃんってそんな感じ」
「まさか、俺、充分、悩んで仕事してるで」
「でも大概、佐々木ちゃんの場合、悩みは仕事そのもののことじゃないでしょ?」
「え………?」
その時、新しいケーキを切るからと、浩輔が直子を呼んだ。
「支柱は、いつも揺らいでいる。周りの声を全て撥ね退けるわけにいかないこともあるからさ。そういう時って、何より自分がわかってるんだ。でも、前に進むしかないし、究極、自分を信じてやらなければ終わりだ」
いつかのトモの言葉が佐々木の心に深く残っていた。
でもそれは、目的を定めてそこに向かって上昇したいと思っている人間の言うことで、今の自分には向かっている先すらわからない。
俺の支柱は、どこへ伸びているのか、それすらわからへんのやから、揺らいで当然やな。
「アンニュイってのは、佐々木さんのためにある言葉かもしれないな」
長い脚を組み、肘杖をついて、どこを見るともなくぼんやりほの暗い空間に視線を漂わせていた佐々木は、藤堂に差し出された新しいワイングラスを受け取った。
「ここが河崎んちじゃなきゃ、危なっかしい気がするけど」
佐々木は低く笑った。
赤ワインは佐々木が思った味と違ってコクのある渋みがあった。
「俺の兄貴の嫁さん、実家が甲州ワインのワイナリーなんだ」
「なるほど……美味しいワインを求めて日々生きてるわけやね。さっきも若いアーティストたちと話してて、あんまり生き生きしてるよって、圧倒されてしもて……」
佐々木は呟くように言った。
「何かあった?」
「え……?」
佐々木は藤堂の顔を見た。
「面白いことは何もあれしまへんよ?」
「面白くないことがあった?」
藤堂はあえて追及してくる。
「古巣までが俺の仕事を増やしてくれるよって、こなすのが大変で。俺はぬるま湯やないと生きていけへんて、春日さんにも直訴したんやけどね。藤堂さんたちみたいにタフやないし」
「なるほど、佐々木さんの場合は、仕事のスケジュールを管理するマネージャーが必要だな」
「まあ、直ちゃんがそういうこともやってくれるようになってきたんで、一番俺のことわかってくれてるし」
藤堂はうーんと頷く。
「佐々木さんはクリエイターというよりアーティストだから、我々のようにガツガツしてないところが、らしくていい仕事ができるんだな」
「いや、そんな大それたものやないけど………」
視線の先に華やかなオーラを放つ女性がいた。
報道番組のキャスターとして人気を集めている女子アナで岡田マリオンといった。
マリオンは浩輔に何やら話しかけている。
知的で美しくフランス人を母に持つマリオンは数ヵ国語を操り、数年前までニューヨークの特派員をやっていたはずだ。
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